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第15話 由羅の過去
「ごちそうさまでした」
今日の夕食はカツ丼だった。
「洗い物してる間パンフレット見てて」
由羅は自分が行こうとしている学校の募集要項を玄太に渡した。
腕をまくって皿を下げようとする由羅の左手首に、玄太は一本の大きな傷を見つけた。今まで気づかなかったけど…かなり深そうだ。
「何やこれ」
玄太は思わず由羅の手首を取った。
マズい。
「こ、これは…」
とっさに袖を降ろして隠そうとするが、玄太は掴んだ腕を離さない。
アゼリアでもこの家でも、由羅は傷が見えないように気をつけてきた。だけど最近は玄太にすっかり気を許してしまって、傷のことすら忘れていた。
「何やって聞いてるやろ!」
怒鳴られた由羅が身をすくめる。いつも穏やかな玄太の目が怒りに燃えていた。
「何でこんなことしたんや!言うてみい!!」
つかまれた手首がしびれるほど痛い。
「死にたかったんだ…死にたかったんだよ!」
“パンッ!”
手首を放した玄太の大きな手が由羅の頬を叩いた。衝撃で飛ばされた細い由羅の体が襖にぶち当たる。
「ふざけんな、ボケっ!死にたいやと…おまえは…残された人のこと考えたことあるんか!!」
「そんなのいないよ!俺が死んで悲しむ人なんかいないんだよ!」
叩かれた頬がジンジン疼く。めまいがする。
「玄さんにはわかんないよ!おまえなんか死ねばよかったのにって、おまえのせいで父親が死んだんだって、おまえなんか生まれてこなきゃよかったのにって、毎日、言われながら生きるのがどんなにつらいか!!」
由羅の言葉に玄太が大きく目を見張って息をのんだ。
「だから死のうとしたんだ。2回手首を切ったけど、1回は外で通りすがりの人に見つかって、2回目は学校で先生に見つかって、もう少しで死ねたのに…出血多量で病院に運ばれて…俺は放っておいて欲しかったのに…死なせて欲しかったのに…」
拳を握り締め、歯を食いしばり涙を流す由羅。
「これで最後だと思って、学校の屋上から飛び降りたけど…死ねなかった。飛び降りた場所が悪くて…ベランダの柵にひっかかって…誰も来なければひっかかった服をはずして落ちられたのに…」
結局、用務員に見つかり引き上げられてしまった。
「俺…死ぬことすら、まともにできないクズなんだよ…」
床にへたり込んで顔を覆った由羅を玄太の太い腕が抱きしめた。
「すまん。勝手なこと言うて悪かった」
由羅を抱きしめる腕に力を入れ、深い声でささやく。
「殴って、悪かった。ホンマごめん。許してくれ」
玄太は唇をかみしめて、こぼれそうな涙をこらえた。
玄太は抱きしめていた腕をゆるめ、由羅の顔を大きな手でそっと包み、自分が赤くしてしまった頬に何度も口付けた。そしてふたたび包み込むように震える体を抱きしめる。
「ありがとう…助かってくれて…ありがとう…」
その言葉に由羅の目に再び涙が溢れる。
「助けてくれた人を拝みたい。由羅を助けてくれた。俺を助けてくれた。よかった…ホンマに…由羅が無事で。」
由羅の腕がゆっくりと玄太の背中にまわされた。
抱き合ったまま30分ほど泣いていた由羅が体を離した。
「ごめん、俺…こんなに泣いて…ウザいよね」
「全然。泣きたい時は泣いた方がええ言うてるやろ。我慢すると膿みたいに溜まってくるから。まだ泣きたかったら泣いてええけど…明日外に出られへんかもな」
大きな手で由羅の頬を包み、腫れたまぶたにチュッとキスをして玄太が微笑んだ。
「明日、バイトの面接なのに…」
「悲しい映画観て、泣いてもたって言うとけ」
そしてニヤッと笑ってから再び由羅をギュッと抱きしめる。
「由羅、約束してくれ。もう絶対死のうとせえへんって」
「うん…」
だけど…玄さんに捨てられたら…俺、また死にたいと思ってしまうかも…そう思いながらも由羅がうなずく。
「俺も、二度とおまえに手あげへんて約束する」
「あれは…玄さんが俺のために怒ってくれたんだから…いいんだよ?」
「ほんでも…明らかに自分より弱いものに手をあげるって最低やん」
「何だよ、明らかに自分より弱いって。俺だって男なんだから、玄さんより強いかもしれないじゃん」
体を離した玄太が由羅の体をつつく。
「この腕でか?この腰でか?この足でか?」
「やめてよ。くすぐったい」
「俺より強いって?どこがや、ここか?ここか?」
「アハハ。やだ、やめてよ。うわっ、くすぐったいって。ハハハハハ---」
由羅が身をよじらせて笑い転げる。
“もうダメ…笑いすぎで死にそう…”と、由羅がギブアップするまで、玄太はくすぐり続けた。
***
「これ、誕生日プレゼント」
いつの間にか由羅の誕生日を知った玄太がケーキを買って帰ってきた。それを一緒に食べただけでも舞い上がるような気分だった由羅は、綺麗にラッピングされた小さな箱を渡され戸惑った。
「プ、プレゼント?」
「気に入るか分からへんけど。開けてみ」
中には時計が入っていた。
「これをな…こうしてつければ…夏でも傷がわからへん」
しゃがんだ玄太が由羅の左手首の傷を覆うようにして時計をつけた。
「完全には隠れへんけど、目立たんやろ?」
今度は由羅の顔を見上げた玄太が戸惑った。
「由羅?」
歯を食いしばってこらえていた涙がポロポロと落ちる。
「…また泣かせてしもた…」
由羅が時計ごと腕を胸に抱きしめて、しゃくりあげながら泣き出した。
嬉し泣きなら、まあええか…玄太は、体を震わせて泣く由羅をそっと抱きしめた。
「誕生日、おめでとう。生まれてきてくれて、ありがとう。俺のところに来てくれてありがとう」
「あり…がと…ありが…とうううう…」
泣き止まない由羅を抱きしめながら、“神様、ありがとうございます”。玄太は天を見上げて心の中で手を合わせた。
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