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第46話 ピアノ

 昨日のタスクの事はもう忘れていた。 月夜見はあの部室に行ってピアノが弾きたい。 久しぶりに触った鍵盤が楽しかった事を思い出した。ピアノを弾く喜び。  部室は誰もいなかった。埃を払ってピアノの前に座る。  楽しくて、懐かしい練習曲を思い出しながら、夢中で弾いた。自分のアドリブで弾いた。  途中から海斗が部室に入って来た事にも気がつかない。  狭い部室の空間は宇宙だった。心は広がって行く。宇宙の奥の奥。宇宙論的原理。暗い穴の中。一つの穴の空間に銀河が閉じ込められている。  その穴が無数にある。一つ一つに銀河宇宙が存在する。気の遠くなるような広がりが閉じ込められている。何億光年という距離。計り知れない時空。ピアノの音が止まった。月夜見は疲れた指を揉んでいる。  海斗は我に返った。 「ああ、海斗って言ったっけ? 俺、勝手に部室に入ってピアノ弾いた。」 「ああ、ここはいつも開けっぱなしだ。盗まれるものは何もないからいいんだ。  金目のものは、翔のギターだけ。俺が持ち帰ってるから。それより、おまえのピアノ、すげえなぁ。」  月夜見のピアノが海斗を宇宙の果てに連れて行った。仏教では恒河沙と表すくらい果てしない宇宙の奥の奥。  ピアノに連れて行かれた。 「すごいな、おまえのピアノ。」 「えっ?久しぶりだったんだ。楽しいよ。 海斗も弾けるんでしょ?」 「おまえの後じゃ弾けないよ。」  海斗は今経験した事に驚いている。宇宙が見えた。部室が消えて宇宙の空間が頭の上で渦巻いていた。 「おまえは一体何者?」 「えっ?何者でもないよ。今は高校生だ。」  海斗は自分が気持ちのいい音楽で夢を見たのかと思った。月夜見に好感を持った。 「おまえ、綺麗だな。 綺麗な奴っていいな。警戒心が無くなる。」 「何だよ。俺が何かした?」  今はいつもの汚い部室に戻っている。 「俺、帰るよ。」 「あ、一緒に帰ろう。」  海斗は慌てた。このまま帰ってしまうと、もう話をする機会は失われてしまうか、と思った。  並んで狭い校庭を横切った。自動販売機を見つけた。 「なんか飲まない?」 「ああ、じゃあ、甘いコーヒー。」 近くのベンチに座った。月夜見が手のひらにジャラジャラと小銭をくれた。

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