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第53話 阿頼耶識(あらやしき)

 老人の話は大変、興味深かった。 仏教の阿頼耶識という考えはかなり合理性を感じる。さすがゴータマ・シッタルダ、目覚めた人、と言われた仏陀。  簡単にいうと、生命体は生きて活動しているときは記憶をいじれない。  死、は、生命の休息。生きていた時の記憶を全部確認する事。その記憶が集められている場所が阿頼耶識だ。  近年物理学の世界でも研究者が増えている。 ゼロポイントフィールドと呼ばれる、場。  生きていた時の記憶は、全てアカシックレコードに記憶されているという考え方。  潜在意識とのアクセスも可能だと最近発表された。神智学に傾くと宗教臭くなりがちだ。神秘主義とも違う。ユングの集合的無意識で、片付けたい学者が多い。  アカシックレコードが存在する科学的根拠はない。神智学では、人間の霊魂は輪廻転生を続けている、とされる。  霊的な記憶庫がアカシックレコード、阿頼耶識なのだろう。  アーカーシャーはインド哲学だ。 どれも人間が語るための便宜上、名付けた言葉たちに過ぎない。これが絶対だ、とは誰も言えないだろう。これを絶対だ、と言い張る所に宗教戦争は起こる。宗教からは距離を置くべきだ。  高次元の霊的情報に、チャネリングによってアクセスできるという考えは1970年代のニューエイジが好んだ。 「こんな事は誰にもわからない、というのが正解だ。」 「じゃあ、クマオや団地に憑いている地縛霊は どうしたら救われるんだろう。」 「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。 ただの人間ゴトキが誰を救えるのかな? おこがましいことじゃ。」 「阿頼耶識に行けなかった魂っていうか生命体は どうしたらいいの?」 「必ずデータベースで過去と向き合わなければならない、とワシは思っておる。  成仏させてやる,というのもおかしな話だが 神道には鎮めの言葉がある。   稔彦から摩利彦に受け継がれたのだろう。」  一度霞町にお祓いに行くことになった。  「おじいちゃんたち、一緒に行ってくれる?」  昔から日本には何をするにも神様に祈る習慣があった。地鎮祭を執り行う。  もう、団地の取り壊しが始まっている。たくさんの彷徨う霊魂を鎮める儀式は、神道がやるものだった。 「成仏って仏教的だね。」 「神仏習合じゃよ。 昔からこの国では対立などなかった。 為政者が私利私欲のために争いを起こすのだ。」

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