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第57話 原始の記憶

 この国を作る存在はまだ未熟で失敗が多かった。神々が万能だと誰が決めたのだ。  霧の向こうに何かが見えたような気がした。 単純な人間なら、何かの気配にだって縋り付くだろう。月夜見はなまじ考えてしまうから、走り出せない。  父なる者の混ぜた海に、母なる者の孕んだ子が水子となって流れて行く。それは島になり、形を成す。 (この原風景は怖い!怖いよ。寂しすぎる。 見たくない。見るべきなのは、稔彦父様だろう。摩利彦兄様だろう。なんで俺一人がここにいるんだ? 母さん、1人にしないで!) あまりの寂しさに月夜見の意味を、思い知らされる。父、稔彦が、須佐之男命であることの意味を。日本神話では、月夜見は須佐之男命の兄にあたるという。 「怖いよ!怖いよ!」  気を失った月夜見を揺り動かしているのは摩利彦だった。玉藻が心配そうに覗き込んでいる。 「可哀想。怖がってる。何を見たのかしら。 抱きしめてあげたい。」 「目が覚めたら聞いてみるといい。」 (夢なんかじゃない。俺が知ってるのは俺が体験した本当の記憶だ。)  うっすらと月が目を開けた。 「すごく寂しいところへ行っていた。」 「怖いって言ってたよ。」 「うん、怖いっていうか、うんと寂しいところだった。まるで宇宙空間に一人で放り出されたような。」  神社繋がりか、無性に懐かしくも寂しい光景が浮かぶ。海の近くだ。行った事があるはず無いのに何故か心惹かれる。  懐かしい? すごく寂しいのに足が向く。また、霧が出て来た。  目の前にラクダが現れた。大きな一枚岩に彫られたラクダの頭だった。裏の石の橋を守っているという。勝手に渡らないように。 「ああ、これは黄泉平坂(よもつひらさか)へ、通じている橋だ。」  どうして月はそんな事を知っているのか。 (誰かの記憶が頭の中に入り込んで来たみたいに 思い出してる。)  霧の中から綺麗な和服の人が近づいて来た。 「月夜見さん、私は玉梓(たまずさ) ここは九十九里の犬塚神社です。 あなたの思念がここに来てしまったの。」  綺麗な人は、この世の者とも思えぬ、幻のように近づいて来た。 「あの橋に誘われても渡ってはいけません。」  黄泉平坂は色々なところに出現するという。 冥界への入り口。お迎えもなく、勝手に入ってはいけないらしい。  玉梓さんはそれを伝えるためだけに姿を現した、と言った。 「私の仲間が騒がしくて、ここに呼ばれてしまったわ。 狸穴(まみあな)は仲間のゆかりの地なのね。」  ニッコリ笑ってくるりと背を向けた。 立派な尻尾が一瞬で隠れた。この人も狸? 「いたずらな仲間たちなのなのよ。 ごめんなさいね。」  空気が反転して月夜見は、あの公園にいた。 思えばここも、あそこも神社の境内だった。  時空は繋がっている。

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