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第2話 一月 新春の頼みごと

 元旦に一ノ瀬は、系列の全風俗店の店を閉めた。  二日からは通常営業。嬢には酷な話だが、年始年末は稼ぎ時だ。  忙しかった年末の余波で自宅のマンションでのびていた一ノ瀬は、テーブルの上のスマートフォンの着信に、転がっていたソファアから無精にも手を伸ばす。  電話の主は、黒崎だった。 「あけおめ」  あくび混じりに一ノ瀬が新年の挨拶をすると、電話の向こうは思いのほか真剣な声だった。 『一ノ瀬、今から来れないか?』  言われて一ノ瀬は時計を見る。  時計の針は十一時を指していた。 「何? 初詣にしては遅くない?……」  一ノ瀬はそう言いながらも怪訝に思い、黒崎の返事を静かに待つ。  すると、電話の向こうでジャラジャラという騒がしい音が聞こえた。どうやら電話の向こうでは麻雀の牌を混ぜているらしい。 「え、何、雀荘にでもいるの? 黒崎が?」  驚いて一ノ瀬は思わず跳ね起きた。  真面目一辺倒だった黒崎は、大学時代、一ノ瀬が麻雀に誘っても一度として乗っては来なかったというのに、だ。 『いや、違う。上司の──所長の家だ。俺の勤める法律事務所で恒例の新年麻雀大会があって……それで……』  言いづらそうな黒崎に、一ノ瀬が先回りした。 『え、まさか代打ち依頼?』  その質問は、どうやら正解だったようだ。黒崎は一瞬息を飲んでから、頼む、と言った。 『お前、学生時代麻雀は確か無双だったろう? 頼む、所長が強すぎて、まったく親が流れない。俺はそろそろ帰りたい』 「いつからやってるの?」 『午前十時』 「耐久か」  思わず一ノ瀬はツっこんだ。  かれこれ十二時間以上経っている。 「でもさあ、裁判所が閉まってる先生方と違って、うちは書き入れ時なんだってば。明日も仕事なんだけど……」 『頼む、俺は布団で寝たい』 「場所はどこなの」 『所長のマンション。お前のスマホに地図を送る、駐車場はあるからな』 「え、酒抜きなの」  一ノ瀬にとって、麻雀と酒は切っても切れない。  声のトーンが一弾下がったので、黒崎が追加条件を出した。 『……帰りは俺が運転するから』 「そんな真剣に打ってるってことは……何掛けてるの? 先生?」  一ノ瀬は揶揄う。法律事務所のメンバーなのだ、違法な賭博になど手は出していないと思うのだが、その回答は一ノ瀬も震撼させるに十分だった。 『GWの有給取得順』 「え、それって!」  GWは二人で約束していた温泉旅行が待っている。 「わかった、行く」  一ノ瀬は立上がると、車のキーを取り上げた。       ◉  送られてきた地図を頼りに、一ノ瀬は車を走らせる。目的地は閑静な上級住宅街のマンションだった。指示されたとおり来訪者用の駐車場に車を入れ、エントランスで教えられた部屋を呼び出した。 『ああ、一ノ瀬、待ってた』  共用インターフォンの向こうでほっとした黒崎の声が出迎える。  ゲームのあまりの遅い進行に、主宰者である所長の奥方は付き合いきれず、音を上げて先に床についてしまったようだ。 「黒崎の代打ちできました、一ノ瀬です」  愛想良く挨拶して一ノ瀬が黒崎に連れられて部屋に入ると、そこには全自動の卓が置かれてあった。所長はよほど麻雀がお好きなようだ。が、雀荘に憑き物の、煙草の煙など何処にもない。健康麻雀そのものがそこに繰り広げられていた。  いざ一ノ瀬が麻雀大会に参加すると、所長の性質がよくわかった。、捨て牌から相手の待ちを読めるタイプ。ベタ降りしてでもロンは避け、小さい点数でもすぐリーチをかける、手堅い。箱が割れた面子は、次と入れ替わるので、器用に右と左の大戦争を避けてた黒崎は延々と打つ羽目になっていたのだ。 そこで、一ノ瀬もコロコロと待ちを変え、筋を読ませない安手でまずは親を流す。一ノ瀬も筋は読む方なので、所長を狙い撃ち。鳴いて所長を飛ばしまくり、手を作らせない。  ペースを崩されたのみならず、流石に長丁場に疲れた所長の判断力が落ち始め、なんとか一ノ瀬は一位に。黒崎は、自分で一ノ瀬を呼んでおきながら、その打ち方に、エグいなと、短く感想を述べた。  タダ酒を食らってご機嫌の一ノ瀬は、車のキーを黒崎に投げた。 「もう帰っていいのかな?」↓ 「ああ。……すみません、皆さん、俺はこれで……コイツ送って帰ります」  あっけらかんとした一ノ瀬に、所長も他の面子も、また来て下さいと声をかけ、どうやらそれは、ゲームが楽しかった所長と、場が早くお開きに出来る事を喜ぶ黒崎の同僚たちの、心からの声のようだった。  二人は地下駐車場におりると、一ノ瀬の乗ってきたアイガーグレイのジャガーに乗り込んで、未明の街を走り抜ける。テールランプが流れていくのを眺めながら、一ノ瀬が酔い心地にぼんやりつぶやいた。 「うち、泊まってく?」  黒埼はチラリと横目で一ノ瀬を見る。 「そうだな。お前の家から帰るには、始発までまだありそうだし。もう電車も無いだろうな…正月じゃタクシーも捕まらなそうだ」  ふふふと黒崎が笑う。 「結局、今夜は布団で寝かせてあげられなくてごめんね、黒崎。お宅の所長さん、思いのほか強くて」  一ノ瀬が口を開くたびにウィスキーの匂いが、車内に流れる。 「いいさ、そんなこと。皆が家に帰れただけ御の字だ」  黒崎がそう言って会話が途切れたので、一ノ瀬は所長のマンションでは我慢していたタバコを吸いたくなり、グローをくわえて、窓を薄く開けた。 「まあ、いい正月になったよ。ここのところずっと寝正月だったから、久しぶりにお正月らしいこと出来たな」  煙を吐いて言う一ノ瀬は、上機嫌だ。 「そうか、よかった」  と黒崎が答え、ついでみたいにたずねる。 「このあと、抱いてもいいか?」 「僕、酔ってるけど?」  困惑した声の一ノ瀬は、黒崎が信号待ちにサイドブレーキを轢いた時に、黒崎の顎を捕まえて引き寄せる。 「一ノ瀬?」  軽いキス。  一ノ瀬は、重ねた唇を離してたずねた。 「黒崎、僕これくらい酒臭いよ?」 「……問題無いね」  信号が変わる。  黒崎は、再び流れ出したテールランプを追った。  マンションについて、黒崎がシャワーを浴びてる間に、一ノ瀬は少しでも水を飲んで酔いを覚まそうとする。  ソファに座り込んで、本日の初日オープンに入っている予約をスマホで再確認。出足は好調なようだ。ごくごくと水を飲んで、ふと気がついた。 「あれ? 抱くって最後までのつもりかな黒崎……」

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