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三月 互いの生活について 前編
付き合い始めて一年が経とうとしていた。
二人は、まだお互いの家は引き払わず、けれども、勤務先に近い一ノ瀬の家に、今では黒崎がほぼ転がり込んでいる。
昨夜もそうだった。
泊まり込んだ翌日、一ノ瀬が朝食時にカフェオレを出すと。
黒崎が怪訝な顔で聞き返した。
「なんだ? にこにこして」
「え? かわいいなあと思って」
一ノ瀬は、カップを持つ黒崎の手元を指さす。小指が立っていた。
「……そんなことより、なあ、なんで次に買う車、ジャガーなんだ? 国産車も悪くないぞ」
黒崎は、それには構わず、話を切り出す。
昨夜、ピロートークで一ノ瀬が、車を買い換えると告げたのだ。
確かに、今の車は購入してからだいぶ経っている。
しかし、一ノ瀬は車に興味がないので、ブランドに振り回されているのでは、と、黒崎は心配になったのだ。
「それはね」
黒崎に一ノ瀬はバターを回しながら、事も無げに言った。
「ミス・ジャガーって香水が昔あってさ。あの匂い好きだったんだ」
「逆だろ、普通……」
◉
食事を終えると、黒崎は出勤の用意に洗面所でシェーバーを当てる。
一ノ瀬が洗濯物を抱えて入ってきたので、黒崎は鏡に映る一ノ瀬の姿を眺めながら、ボソリと言った。
「一ノ瀬、お前髭剃れよ」
入院している間、髭を落としていた一ノ瀬の鼻の下には、また、口髭が戻っていた。
「ええ? やだよ。僕のトレードマーク」
洗濯機に、洗濯物を放り込みながら一ノ瀬が答える。
「キスする時むすぐったいんだよ(くすぐったい:茨城弁)」
「仮にも僕は風俗店の経営者なんだから、裏を渡るには貫禄ってものが必……何持ってるの」
「シェーバー」
「やめてやめて! 伸ばすの大変なんだからね?! 冗談でもやめて!?」
「冗談だ」
黒崎は笑いながらそのまま出勤していったのだが。
──あれ目が絶対本気だった。
◉
昼休み、職場で昼食を取っていると、スマホが鳴動した。
メッセージが着信したようだ。
黒崎がアプリを開くと、案の定それは一ノ瀬からのものだった。
一ノ瀬 [夕飯一緒出来そう。外で食べようよ。何食べたい?]
黒崎は少し考えて。
黒崎 [和食かな。鯖の塩焼きが食べたい。]
そこで二人は、黒崎の事務所近くの日本料理屋で集合することになった。
手早く午後の仕事を終えて、退社。
事務所を出ると、一ノ瀬が寒そうに総合ビルのエントランス外で待っていた。
「エントランス入ってていいんだぞ?」
「なんか居心地が」
「居心地……」
反社でこそないが、一ノ瀬は裏社会の人間だ。なんとなく黒崎は察して、背中を押した。
「行こう、腹減った」
落ち着いた店で出された塩鯖を突きながら、一ノ瀬は日本酒を一人でやっている。
黒崎が黙々と食べる姿を見て、しみじみと言った。
「いつも思うけど黒崎が魚食べると綺麗だよね。カリカリしてたら、ヒレまで食べちゃうもんね。」
「噛み砕けるものは食べ物だ。お前だってエビの尻尾食べるだろ?」
「食べる。しっぽの中が雑菌だらけって聞いても食べちゃう。美味しいから」
「え、そうなのか?」
黒崎が怯んだ声を上げたので、一ノ瀬は吹き出した。
◉
本日も、一ノ瀬の家に二人で帰宅。
先に風呂から上がった一ノ瀬が居間でビールを飲んでいると、冷蔵庫からプリンを出して黒崎がやってくる。
「プリンなの」
「寝る前に歯磨くから別にいいだろ」
もぐもぐと黒崎は満足そうだ。
「女学生みたい」
「うるさいな。その女学生みたいなのにいつもあえがされているのは誰だ?」
「あ、あえいでなんか……!」
「るだろ?」
「う……」
言葉に詰まった一ノ瀬にキス。
「甘ったるう」
「お前だってビール味だ」
互いに言い合って。
今夜も二人は──
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