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第5話 昔取った杵柄は侮れない。ピンチのソムリエに獣人シェフはモミモで参戦。
蓮は、息を切らしていた。
どんなに走っても、追手は息も切らさず一定の距離で追ってくる。
このままじゃ捕まる。
どこか路地に入れば撒けるかもしれない。
幸い、この街は路地裏まで知っているところが多い。
しかし、それは向こうも同じだろう。
地の利はないが、昔の抜け穴が通れれば……
蓮はサッと路地に入り込み、絶望した。
抜け穴はもう、高い壁に変わっていたのだ。
「そんなに逃げなくても良いでしょう、坊っちゃま」
ゆったりとした声が後ろから聞こえてきて、蓮は壁に背を付けギリギリまで距離を取った。
「追いかけてくるからだろ。薄ら怖いんだよ」
追手は綺麗な身なりを少しも乱さず、ニコニコと笑いながら近づいてくる。
「旦那様が会いたがってますよ」
少し寂しそうな顔で、追手の男は蓮を見下ろした。
子供の頃から、蓮が何かやらかすとこの距離で詰められていた。
「だ、だったら向こうから来ればいいだろ……」
「そう仰らずに」
(あーくそ、簡単に担がれて連れていかれる)
追手の男の手が蓮の腰に手を回そうとした時、何かが上から降ってきた。
ーぺシャー
「いや、くさっ!!!」
蓮はさっきの店で嗅いだ臭いだと気づいた時には、目の前にライオンの尻尾が見えた。
「バルド……」
ホッとしたのも束の間、路地は発酵臭で充満し、バルドの背中の先には、綺麗な執事の制服をドロドロにした男が放心していた。
「瀬名、臭いぞ……」
「申し訳ございません」
綺麗な装飾の施された馬車の中、蓮は不機嫌に初老の男の身なりを責めた。
原因は明らかにバルドなのだが、瀬名は綺麗に頭を下げて謝ってくれる。
「あの、申し訳ございません。俺が早とちりをしたもんだから……」
「いえ、坊っちゃまを守ろうとして下さったのですから、私は嬉しく思っております」
「それにしても、モミモじゃなくて普通に殴りかかれよ」
「いや、そんなことしたら、いくら怪しい男でも怪我させるだろ」
「瀬名なら上手くかわす」
「かいかぶりです、坊っちゃま。私ももうそんな若くありません」
「だったら引退して余生楽しんでろよ」
「いえいえ、まだ後進を育てなければなりませんし、坊っちゃまの行く末も見守らないといけません」
「ふんっ!」
蓮は明らかに不機嫌を顔に出して、馬車の外を眺めた。
バルドは二人のやり取りを不安そうに見ながら、ダブダブの袋とモミモの樽を抱え直す。
「蓮?」
「あ?」
「これから、伯爵様の所へ行くんだろ?」
「あーそうだな」
「俺、こんな格好だぞ?」
「気にすんなよ、大したことじゃない」
「いや、大したことじゃないか?スーツ、着替えた方がいいだろ!」
「スーツは……あれはやめろ」
「なんで?!せっかく買ったのに」
蓮はバルドをじっと見つめて、モジっと膝を擦り合わせた。
蓮の前に座っている瀬名は、その少しの動きでにこりと表情を緩めた。
その反応に蓮はさらに不機嫌に顔を歪める。
「なぁ、なぁ蓮。やっぱり俺は街で待ってる。こんな荷物もあるし、手にモミモの匂いついてるだろ?」
「うるせぇよ。もうすぐ着くから大人しく座ってろ。手なんて洗えば良いだろ。……くさっ!」
「悪い……」
バルドはシュンと肩を落として、小さくなった。
やれやれというような瀬名の表情を見て、また蓮は窓の外に目を向ける。
「なぁ……」
「なんだよ」
「俺、伯爵様に怒られないか?」
「は?」
「蓮をたぶらかしたとか、思われたり……」
バルドはそう言うと、どんどんと頭の中で話を膨らませていった。
「俺、投獄されるか?」
「バカか。うちに牢屋は無い。変に考えるなよ。俺はお前の自慢をしに家まで行ってやるんだ。宮廷じゃなくても幸せに暮らしてるってな。俺の自慢、付き合ってくれよ」
「蓮……」
蓮はバルドに擦り寄って、首筋に顔を埋める。目の前の執事は目を閉じていた。
「俺は伯爵家の蓮じゃない。バルドバールの蓮だ。それを言いに行く。良いだろ?」
「蓮……ふぅん……」
「キス、してくれよ」
「えっ、でも……」
バルドはチラリと瀬名の様子を伺う。
「俺を好きだってアピールだ。家に着いたらいつも以上にしてくれ。俺もする」
「んっ……蓮……」
唇を合わせようとして体を寄せるが、モミモの樽で距離は保たれたままだった。
「やっぱこれ臭いな……」
「申し訳ございません」
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