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第6話 恋人の実家の伯爵家。粗相に気を付けるが、モミモの香りでもう終了な雰囲気
ポクポクと馬車を引く馬の蹄の音がする。
重厚な門が開かれ、大きな屋敷の玄関に、馬車は止まった。
バルドは、ゴクリと息を呑む。
開かれる馬車の扉は綺麗な装飾が施されていて、少しでも扉にぶつかって装飾を壊したらと思うと途端に緊張した。
「ほ、本日はお日柄もよく……」
「おい、誰と話してんだ。降りろよ」
「れ、れれ蓮…………」
「緊張すんなって」
呆れた蓮の顔を見ながら、バルドはモミモの樽を抱え直し、ダブダブの袋を背負い直した。
馬車を降りれば広がる、花いっぱいの庭園と大きな屋敷にバルドは感嘆の息を吐いた。
こんなところで蓮は育ったのかと、隣の華奢な体を見下ろす。
そして背中のダブダブに、腕にあるモミモ。
場違いだろ……。
どうするべきか、今から魔獣でも狩りに行って、もう少し手土産を……。
いや、違うか。
手土産の問題じゃない。
蓮は、伯爵家の次男だと初めから知っていた。
でも、蓮はそれを嫌がっているようだったから、普通に友人として、仕事仲間として接してきた。
今では恋人で、一緒に暮らしてもいる。
家のことは関係ないと蓮はいつも言っていたが……。
この家に入ってから、いつも見慣れた蓮の表情が違う。
商店街にいるみんなとは、格別に違う空気を纏っている。
恋人の新たな一面という簡単なものではない。
伯爵家の格、それが、蓮の表情から見えて、バルドは更に緊張した。
案内された先は、豪華な応接室だった。
蓮はズシっとソファーに身を投げるように座る。しかし、馬車の中での不満そうな雰囲気ではなく、少し緊張しているようにも思う。
「座れよ、バルド」
「は、はい!」
バルドは大きく返事をして蓮の隣へ腰掛けた。
「なんだよそれ。緊張しすぎだって」
「だ、だだだだって……蓮が、違う……」
「ん?何が?」
蓮はバルドと距離を詰めてポスリと肩に頭を乗せてきた。
「れ、蓮?!お父さんとお母さん来るんだろ?!」
バルドの裏返りそうな声に、蓮は苦笑する。
「大丈夫だ。今、この部屋は俺らだけだ。なぁ、少しだけ……」
蓮はバルドの持っている樽をテーブルに置き、肩からダブダブを降ろさせる。
バルドの首に腕を回して顔を近づけ、唇を合わせた。
「蓮?寒いのか?」
くっつけられた唇も、首に回る手も、いつもより冷たく感じる。
蓮は微笑んでいるが、真っ直ぐに目を見返してはこない。
「俺は、お前のことを両親に自慢したい。でも……もしかしたら、俺の両親のせいでお前が嫌な思いをするかもしれない。それが今になって怖くなった」
「蓮……大丈夫だ。蓮のご両親なら、蓮の幸せを願ってくれているだろ?」
ニカっと笑うバルドに、蓮は困ったように笑った。
そして甘えるようにバルドの胸に顔を寄せる。
バルドは優しく、少し強めに蓮を抱きしめ、首筋の匂いを嗅いだ。
「やっぱ落ち着くな、蓮の香り」
「そうだな。俺も、落ち着く……」
ーコンコンコンー
扉のノック音に、蓮とバルドは姿勢を正した。
入ってきたのは、伯爵、蓮の父親と、そのご婦人、蓮の母親だ。
そしてその後ろに、若い青年、蓮の兄も続いて入ってきた。
バルドはサッと立ち上がり、深く頭を下げる。
蓮も隣で、同じように立ち上がり、軽く頭を下げている。
「久しぶりね、蓮。少し大きくなった?」
「いや」
「ねぇ、固くならないで。久しぶりに家族が集まったんだから、まずはハグをしましょ?」
「……母さん……それは……」
「ま、照れ屋さんね。いいわ、座りましょ」
にこやかに話す蓮の母親は、一目で蓮の母親だとわかるほど綺麗な顔をしている。50は過ぎているだろうに、整った顔と美しい所作が素敵な女性だった。
綺麗なピンクのドレスで綺麗に対面のソファーへ座り、チラリとバルドを見て、不思議そうに首を傾げた。
「こちらは?行商の方かしら?」
バルドがビクリと肩を震わせた。
「あ、いえ……」
「俺の恋人だ」
「蓮の恋人?!」
蓮の言葉に一番反応したのは兄だった。
蓮とは違い、聡明な顔つきでいかにもいい教育をされているというのが一瞬で分かった。本人も自信があるのだろう、その立ち姿から優秀なオーラが出ていた。
蓮はチラリと兄に視線を送り、グッと奥歯を噛み締める。
蓮の兄は、ジッとバルドを見つめ、上から下までチェックをするように視線を動かす。
バルドは笑顔を貼り付けたまま、姿勢を正して動かない。
「なるほど。すまないね、蓮。せっかくなんだけど、仕事があるんだ。夕飯の時にまた話そう」
兄はそう言うと、颯爽と部屋から出ていった。
蓮は小さく舌打ちをし、兄に視線すら送らない。
バルドはその場の空気の重さで、ソファーにめり込みそうになる気持ちをなんとか持ち直そうと息を吸った。
「バルドと申します。蓮さんとは、結婚を前提にお付き合いをしておりまして、今も新婚旅行中です」
深々と頭を下げて、誠意を見せたが、また蓮の母親が首を傾げた。
「結婚前提なのに、新婚旅行してるの?」
「あ……え???」
バルドはゆっくりと蓮に顔を向けた。
「何かおかしいな?」
「ずっとおかしいだろ」
短くため息をついた蓮は、母親に向かって言った。
「とにかく、今はバルドと一緒に住んでる。で、旅行中だったのに連れてこられた。なんで俺らがいる所知ってたんだよ」
「さぁ?どうしてかしら?瀬名が商店街で聞いたとか言ってたかしら」
「あ?あの商店街にいること知ってたのかよ」
「だって、テレビに出てたでしょ?バルドバールさん優勝って。ほんの少しだったけど、蓮だってすぐ気づいたわよ」
「あ、あれで……」
蓮は、料理バトルの経緯がカットされていて良かったと、心底思った。
しかし、母親の態度は気に食わない。
「じゃあ、屋敷の近くに俺らが来るタイミングなんて待ってないで、そっちから来れば良かったんじゃないのか?」
「だって、目立ったら嫌かなって思ったから」
「………………」
蓮は言葉を返さない。
「あ、あの……蓮は素敵なところで育ったんですね」
バルドは、なんとか蓮が背負い込む空気を軽くしたかった。
「そう?ありがとう。ねぇ、蓮は普段どんな感じなの?立派に働いているかしら?」
「それはもう、ソムリエとして優秀ですし、俺の料理を格段に良くするマリアージュを考えてくれます!俺は、蓮がいないとやっていけません!」
バルドは満面の笑みを母親に向ける。
その横で、蓮がはにかむように笑うが、表情を隠すように下を向いた。
「バルドの料理は最高なんだ。火魔法を使って、繊細なものから豪快なものまでどれも美味い。こいつの料理は俺の自慢だ。それに、俺を必要としてくれる。大事に守ってくれる。俺は、誰にも頼れなかった時、バルドに救われた。バルドバールは俺の居場所で、バルドは俺の自慢の恋人だ」
蓮は一気に言うと、顔を上げた。
にこやかに笑う母親とほとんど表情の動かない父親に少し悔しそうな顔をした。
伯爵は、その威厳を体現しているかのように立派な体躯をソファーに沈めている。
体格だけで言えばバルドに近い。蓮は完全に母親似だ。
伯爵は、淡いグレーのベストに、濃紺のロングコート、きっちりと結ばれたタイも、磨き上げられた革靴も完璧だった。
だが、蓮を見る目はすぐに逸らされ、バルドに向けられた。
そこから、視線を外されないから、バルドも緊張していく。
「親父は、何か言うことないのかよ」
「…………………………」
長い沈黙の後、伯爵の手が動いた。
「その、樽はなんだ?」
まずい…………
バルドは全身に冷や汗を掻きながら、樽を持ち、伯爵に見えるよう少しづつ目の前に差し出した。
匂いがするのだろう、だんだんと伯爵の眉間に皺が寄っていった。
「こ、これは……俺が……」
バルドはなんと言えば良いかと、考えることも出来ないほど、目をぐるぐるさせながら、言葉を紡ぐ。
「蓮だと思って育てております」
(はぁ?)
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