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第7話 伯爵家の父親、モミモ相手なら息子を溺愛できるらしい
伯爵はいつも蓮と目を合わせなかった。
宮廷ソムリエになった時のお祝いの品をくれた時だって、祝ってくれているはずなのに目は合わず、まるで用意された言葉を、棒読みのように伝えられただけだった。
蓮はそれでも、そのペアグラスを大事にしていた。
自分の功績を認められた証だと、自分を誇るために。
しかし、実際はペアグラスを見る度に、悔しいような、寂しいようなそんな気持ちが湧いてきていた。
バルドと、それで乾杯をするまでは……。
「蓮だと思って育てております」
バルドの奇行に、蓮は固まった。
バルドは俺の自慢だと言ったすぐ後だ。
これではこの完璧主義な親父の評価が、また下がる……。
蓮は何か言おうとするが、それよりも早く伯爵の言葉が響いた。
「これが蓮だと……?」
バルドは、冷や汗が止まらない。
愛する者を思い揉み込むことで、美味くなる食材なのだと言いたかったはずだ。
「蓮のような手触りなので……」
違う!
言いたいことが違うが、言ってしまったものは止められない。
ダクダクと汗を流すバルドの手から、伯爵は樽を取り上げた。
隣に座るご婦人は、その匂いに顔を顰める。
鼻をつまむなんて事をしないのが伯爵夫人の気品に見えるが、明らかに嫌悪している顔だ。
「蓮の手触り……ほう……」
「あ、いや……その……蓮の肌にも似てますし、それだけじゃなく……その……」
「…………もう喋んな……」
蓮はバルドの肩を小突いて口を閉じさせた。
伯爵は、立派な体躯を動かし、樽を腕に抱く。
「親父、もういいよ、それは」
蓮が樽を奪おうとしたところで、伯爵から信じられない言葉が出る。
「蓮や、かわいいな~」
伯爵は樽を赤子のように抱えると、ツンツンとモミモに指先で触れた。
その顔は、赤子をあやす父親の顔で、先ほどの威圧感は吹き飛びニコニコと笑っている。
「あ…………?はぁ…………?」
父親の豹変ぶりに、蓮は感情が追いつかない。
完璧主義で、出来の悪い蓮にはいっさい興味を持たず、長年放置されてきた。
威厳の塊のような人間が、樽を抱え、異臭を放つ異様な物体に向かって、愛のあふれる顔で、自分の名前を呼ぶのだ。
おそらく人生で一番フリーズしているだろう。
「か、かわいいですよね、蓮。赤ちゃんのような肌で。む、昔からこんなに可愛かったんですか?」
バルドの必死な言葉に、伯爵が目を見開いてバルドを見た。
思わずバルドも身を引く。
「あぁ!蓮は可愛いんだ!可愛くて可愛くて食べてしまいたいくらい可愛いんだ!」
伯爵は、息継ぎもせず一気に捲し立てる。
バルドも、その言葉には賛同できると、身を乗り出した。
「わ、分かります!俺も、毎日毎日食べたいんですけど、我慢してるんです!」
「そうだろう、こんなに可愛いんだ。ずっと抱っこしていたい。でもな…………」
「ど、どうしたんですか……?」
伯爵は、急に、シュンと大きな体を縮こませる。
「ある時、今日は自分の部屋で寝ます。と言われたんだ。急に大人になってしまった……」
「まぁ、まだ気にしてたんですか?子供は成長するんですよ。だから私だって蓮を可愛く着飾るのをやめたんですから。自立させてあげないと」
ご婦人は、伯爵に呆れた表情を送る。
伯爵はモミモを見つめゆっくりと指先で撫でながら言葉を繋いだ。
「寂しかったんだ……。それから急に蓮と話すのが怖くなってな……。でも、これなら、蓮の可愛い肌と一緒だ。また、可愛がれる」
「あぁ……お父様…………辛かったんですね……」
バルドが同情するように呟き、それが蓮の癇に障った。
「おい……なんだそれは……」
久しぶりに聞いた父親の感情のこもった言葉は、蓮の辛い記憶をバラバラと砕いていった。
やけにバルドとの距離も近く、意気投合しているところも気に入らない。
「蓮、怒らないでくれ。可愛い顔が台無しだぞ?」
「俺はこっちだ!こっちを向け!親父!」
モミモに向けて言葉を返す伯爵に、蓮は怒鳴るように言った。
「まぁまぁ、蓮、お父様は久しぶりに蓮を抱っこできたみたいで嬉しいのよ。この樽が蓮だなんて私は少し嫌だけれどね……」
蓮を宥めるように、柔らかく笑ったご婦人は、モミモに向ける視線は厳しいが父を理解してあげて欲しいという。
蓮はギュッと拳を握り、唇を噛み締めた。
「俺はっ……ずっと、…………くそっもう良い!」
サッと立ち上がり、部屋を出ようとした蓮に、伯爵はモミモを見たまま声をかける。
「蓮、結婚するんだな。おめでとう」
ドアノブを握る手が一瞬止まり、次に勢いよく開かれ、閉められた。
「あ、あの、すいません。また、改めて……」
バルドは慌てて伯爵夫妻に頭を下げると、ダブダブを持って蓮を追った。
扉を開けると、すぐに蓮は居た。
廊下の壁に背中をつけ、もたれている。
バルドの姿を見ると、ズルズルと壁伝いに座り込み膝を抱えた。
「蓮?」
バルドが蓮の肩に手を置いたら、ピクリと肩が跳ねた。
「なんなんだよ……」
「蓮……」
蓮の表情は見えないが、鼻を啜る音が聞こえる。
また、傷ついてしまったのか。バルドが抱きしめようとしたら、小さな声が聞こえた。
「おめでとうって…………すっごい嬉しい……」
「あぁ、良かったな」
バルドは優しく蓮を抱きしめた。
蓮の顔が埋まった胸元がどんどんと濡れていく。
スンと鼻を啜る音がして、蓮が口を開いた。
「バルド……臭いな……」
「それが良いだろ!」
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