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第2話

 フェルナン王はリシャールのことをいまだ政略結婚の駒として見ており、その処女性が保たれていることを、内外に示し続ける意図があるからだ。  この大陸には、かつて兄弟のアルファの王子をともに誘惑したオメガの貴族によって、国が滅亡の危機に瀕したという神話があり、そのせいかオメガの処女性が何よりも重要視されている。  たとえ結婚した相手であっても、発情を迎えるまでは性交を行わず、首を噛んで番になる儀式も行わないのが通例だ。  それにもかかわらず、民に規範を示すべき王族のオメガが、いわば傷物にされ、父親のわからない子供まで産んだという事実は、フェルナン王にとってもリシャールにとっても、この上なく不名誉で外聞の悪い出来事だった。  余計な詮索をされかねない宮廷よりも、ここ聖域で暮らすほうがいいのは確かだとわかってはいるが、それでもときには窮屈さを感じる。  フェルナン王が許可したアルファと結婚するまで、リシャールはここを出られないのだから――――。 (でも、それが私の責務なのだから)  渡り鳥のように自由に暮らすことも、自らが選んだ相手と結ばれることもないけれど、しかるべきアルファと正式に結婚し、アルファ性の子供を産むことは、自分のなすべきことだと自覚している。そしてもちろん、伴侶に尽くすつもりもある。  我が子であるマルセルに、自分が生みの親だと名乗れないのは寂しいが、彼が立派に育ち、やがて国王となる日を兄の立場で見届けられるなら、それで十分幸せだと思わなければ。  そんなことを思いながら、マルセルと庭を散歩していると、傍仕えの侍従がこちらにやってくるのが見えた。  リシャールから少し離れたところに膝をついて、侍従が言う。 「……リシャール殿下。王宮から、迎えの者が参ったようです」 「迎えの者が……、マルセルではなく、私に?」 「はい。宮廷に新たな求婚者が到着したそうで」 「そうですか。どちらからだろう?」 「それが、どうやら少し変わった求婚者のようで……。国王陛下直々のお申しつけで、とにかくいらしていただきたいと」 「変わった求婚者……?」  何がどう変わっているのか想像もつかないが、いくらか急を要する呼び出しのようだ。  そうでなくとも、新たに求婚者が現れた場合は王宮に上がることになっているので、リシャールは小さくうなずいて、侍従に告げた。 「マルセルが王宮に帰るときに、同行して私もうかがいます。迎えの者にそう伝えてください」 「申し伝えます、殿下」  侍従が去っていくと、マルセルがこちらを見上げて訊いてきた。 「にいさまも、おうきゅうにいくの?」 「うん。少ししたら、支度をしようね」  一緒に王宮に帰れるのが嬉しいのか、マルセルの顔がぱっと明るくなる。  愛らしいその表情に、リシャールも知らず頬が緩むのを感じていた。 「……おお、リシャール殿下がおいでだ!」 「正神官となられてからも、変わらず麗しいお姿……、まるで天使のようだ!」 「本当に。お心の美しさ、清らかさをそのまま写し取ったかのようですな……!」  マルセルと王宮に上がり、フェルナン王が待つ広間に到着すると、リシャールはそこにいた人々の賛辞を次々に浴びた。  広間には、見慣れた貴族の面々が集まっている。  以前からリシャールに求婚している、何人かの求婚者たちも一緒だ。  玉座に座るフェルナン王が、こちらを見据えて言う。 「遅いぞ、リシャール。あまり皆を待たせるでない」 「申し訳ありません、父上」 「まあまあ、神官として、聖域でのお務めもありましょうし、あまりお叱りになられますな、王よ」 「さよう、我らは待つのには慣れておりますしな」 「お目にかかれるだけでも、光栄の至りでございます!」  求婚者たちが口々になだめる。  だが本当のところ、彼らの言葉はフェルナン王にとっては織り込みずみの様子で、いくらか白々しい空気が漂っている。  百年ほど前までは、聖域の神官は様々な祭事を執り行っていて、聖域の主神である光の女神ユリアや、様々な権能を司る神々に祈ることでその力を貸し与えてもらう、神聖魔法と呼ばれる術を使って、人々に恵みや祝福を施したりもしていた。  だが、魔法を嫌うフェルナン王の治世になってから祭事はすたれてしまい、今では術を使う機会もなくなっている。  リシャールもごく簡単な神聖魔法なら使えるものの、フェルナン王にあまり使わないよう命じられていることもあり、表立って使うことはまずない。  神官の務めは、すっかり形骸化してしまっているのだ。 (求婚者の顔ぶれは、ほとんど変わってはいないみたいだな)  周りをちらりと見回して、そこにいる面々を確認する。  二十二歳というリシャールの年齢は、オメガにとって結婚適齢期といえるため、求婚者は引きも切らない。ヴェルデ王宮にはリシャールの花婿候補として、近隣の国の王族や国内外の有力貴族のアルファの子弟が、常時何人か滞在していた。  ずいぶんと遠くの国からやってきた王子や、名のある名家出身のやもめの当主などはもちろん、噂を聞きつけてやってくる国交を持たない国の出身者などもいて、皆政治的にもフェルナン王と親交を深めている。  だが、花婿候補としては皆今一つ決め手に欠けると、フェルナン王は考えているようだ。  だからフェルナン王は皆を発奮させるため、新たな求婚者が現れるたび、リシャールと花婿候補たち、それに有力な貴族をわざわざ広間に集めるのだった。 「それで、父上。新たな求婚者の方というのは……?」  並んで上座に腰かけ、リシャールが訊ねると、フェルナン王がおかしそうに笑った。 「ふふ、それがな。今までにまったく例のない、大層毛色の変わったのがやってきおってな。呼び入れるがよい!」  宮廷官吏に命じると、控えの間に通じる扉が開かれ、一人の青年が広間に入ってきた。 「……っ?」  思わず息をのんだリシャールに遅れて、貴族たちからさざ波のようなざわめきが起こる。  一目でアルファだとわかる、リシャールよりも頭一つ分くらいは大きい、かなり長身の男性だ。  豊かな漆黒の髪と黒い目、それに彫りの深い精悍な顔立ちからすると、大陸の南西部か、あるいは中海の向こうの国の出身なのだろうか。  アルファらしい広い肩と厚い胸板、がっしりとした四肢を包む、重そうな鎧を身に着けていて、歩くたびちりちりと金属がこすれる音がする。  羽飾りのついた豪奢なマントをまとっており、腰には柄と鞘とに繊細な装飾が施された大剣を下げている。 (……あの姿……、剣士、なのかな……?)  戦装束のような格好で王宮に上がる貴族など、今まで見たこともない。  皆がひそひそと言葉を交わす中、男性がフェルナン王とリシャールの前まで来て、膝をついて頭を垂れる。 「お目にかかれて光栄です、フェルナン国王陛下、リシャール殿下。我が名はアルマンド。生まれは遥か南方の島国、セリナ国です」  朗々と響く艶やかな声にドキリとする。

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