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第3話

 誰もが当たり前に話す大陸の公用語なのに、アルマンドと名乗った男の声には、オメガであるリシャールの耳を捉える、確かな力強さがある。  飛び抜けた生気を感じさせるこのような声を持っているのは、リシャールが知る限り王侯貴族だけだ。フェルナン王が思案げに問いかける。 「……ふむ。セリナという国は、初めて聞くが?」 「ヴェルデ王国とは国交がございませぬゆえ、それも無理からぬことかと。ですが私は幼少時に大陸に移り住み、ここ五年ほどは、近隣諸国を渡り歩いておりました」  アルマンドがそう言って、マントをまくって鎧の左肩を露わにする。 「バスターギルド『ラトゥール協会』の認定を受けた、『魔物バスター』として」  アルマンドの言葉に、広間がどよめきに包まれる。  彼の鎧の左肩には、剣と斧をあしらったエンブレムが見える。 「なんと……、魔物バスターだとっ?」 「なんたる身の程知らずな! ならず者の賞金稼ぎ風情が、王族に求婚するなどありえない!」 「まったくだ! 言語道断にもほどがある!」 「そもそもあのような者たちに、アルファなどいたのかっ?」  花婿候補たちや貴族たちが、ざわざわと声を立てる。  リシャールもさすがに驚きを隠せない。 (魔物バスター……。こうしてお会いするのは、初めてだ)  魔物の退治や排除、生息地域を通行する人間の護衛などを行う、魔物バスター。  主にベータが担う専門職として、数百年前から存在しており、かつては報奨金目当ての卑しい職業とされていた。  だが近年、大陸で増え続ける魔物の対処には、もはやなくてはならない存在で、日々魔物に怯えて暮らす民からの人気も、とても高い。  そしてラトゥール協会は、五十年ほど前に大陸各国の王侯貴族が出資して設立された、現状もっとも権威のあるバスターギルドだった。  驚きが広がる広間の様子を楽しげに見やってから、フェルナン王がアルマンドにうなずいてみせる。 「そなたの噂は聞いておる。協会設立以来、もっとも短期間で最上級ランクを獲得した剛の者としてな。認定証の写しをこれへ」  フェルナン王が命じると、宮廷官吏が王の脇に屈み、巻物を開いて掲げた。 「ギルドの認定によると、そなたは現在二十五歳。南方の島国、セリナ国の貴族階級に生を受け、十歳のときに大陸北部のゴント国に隠遁していた元バスター、勇者セベクに弟子入りした、とあるな」  目を細めて読み上げると、貴族のうちの幾人かが「勇者セベク」という名を口にし、目を丸くした。  バスターについて、リシャールはまったく疎いのだが、有名な人物なのだろうか。 「バスターとして正式に認定されたのは、今から五年前。ベータが多いバスターの中でも異色のアルファのバスターで、職能は『剣士』。すべて相違ないか?」 「ございません、陛下」  アルマンドが短く答えると、広間がまたざわざわと騒がしくなった。  すっと手を上げてそれを静めて、フェルナン王が問いかける。 「そなたが何者であるかはわかった。ここに来た目的は、我が子リシャールとの婚姻を望んでいるため。それも間違いないな?」 「おっしゃるとおりです、陛下。私は一人のアルファとして、オメガであるリシャール殿下に求婚するため、こちらに参りました」  この上なくはっきりとした求婚の言葉に、どこからかおう、と嘆くような吐息がこぼれたが、アルマンドはすっと顔を上げ、フェルナン王をまっすぐに見つめて言葉を続けた。 「むろん、ただでとは申しません。東の街道の国境付近に居座るダークベヒーモスを、我が剣一つで退治してご覧にいれましょう」 「……ほう?」  フェルナン王がかすかに目を輝かせる。  そのダークベヒーモスの話は、世事に疎いリシャールでも知っている。  国境にある山脈に沿って、かなり遠くの生息地から街道の関所までやってきて、そこに棲みついてしまったはぐれものの魔物だ。長らく交易の妨げになっているため、騎士団や傭兵からなる駆逐隊はもちろん、腕に覚えのある魔物バスターのパーティーを何度も派遣しているが、皆退治に失敗している。  それを剣一つで倒すなんて……。 「なるほど。つまりそなたは、成功報酬としてリシャールを番に欲しいと言うのだな?」 「おお、なんという破廉恥な! 報酬などと!」 「神聖な結婚をそのような下劣な目的のために利用するとは! アルファとは思えぬ!」 「やはりバスターなど下賤なならず者だ! そのような手段で王族の地位を手に入れ、成り上がろうとするとは!」  フェルナン王の確認するような問いかけに続いて、花婿候補たちが口々に非難の言葉を口にする。  成功報酬などと言われると、リシャールもさすがに当惑してしまう。  けれどアルマンドは、ひるむことなく言った。 「お言葉を返すようですが、私はアルファの貴族です。バスターとしての技能も、ギルドの最上級ランクも持っている。あえてこれ以上成り上がる必要などは感じていません」 「ならば、どういった理由なのだ、そなたが我が国の王族であるリシャールを、番にと求めるのは?」 「より多くの民を魔物の害から守るためです。昨年亡くなった我が師セベクの志を継いで勇者となり、大陸の盟主たるヴェルデと手を取り合って、民のために魔物を駆逐する。それこそが、アルファとして生まれ、バスターとなった私の天命であると考えております」 (民の、ために……?)  思いがけぬ言葉にハッとする。  噂に聞く魔物バスターは、それこそ報酬のために魔物を狩る、どちらかといえばその日暮らしの荒々しい者たちといった印象だった。  だがアルマンドはとても落ち着いた物腰で、よどみなく発せられる言葉からは、知性と高邁な理想とが感じられる。  このようなアルファには今まで出会ったことがなかったので、少しばかり興味が湧いてきた。フェルナン王もそう感じたのか、思案するように玉座にもたれる。 「ふむ、そうか……。余は直接会ったことはないが、話に聞く魔物バスターのセベクは、ただひたすらに民のために剣を振るう、真の勇者であったと聞く。弟子であるそなたがそのように言うのであれば、一考に値するな」 「な、何をおっしゃるのだ、王よ、どうか冷静なご判断を!」 「さよう、口先ではなんとでも言えるものですぞ!」 「王侯貴族に並ぶ地位や名誉を得るためならば、ならず者どもはいくらでも耳触りのいい言葉を吐くものです」  貴族たちが言うと、フェルナン王がちらりとそちらに目を向けた。 「……だが、この者は曲がりなりにも協会が認定した最上級ランクのバスターだ。少なくともそなたたちの子弟よりはずっと腕が立つだろう。あまり見くびるものではないぞ?」  フェルナン王がたしなめるように言って、また貴族たちを黙らせる。  そうして玉座の肘掛けに肘をつき、憂うように言葉を続ける。 「近年、大陸の国々はどこも皆、魔物どもに悩まされておる。凶悪な魔物どもには、旧来の軍隊や騎士団ではろくに歯が立たん。強いバスターと手を組むことが、そのままその国家の武力向上につながることすらあるのが現状だ」  フェルナン王が言葉を切り、アルマンドに目を向けて言う。 「そのような状況ゆえに、王侯貴族がランクの高いバスターを食客や婚姻の形で迎え入れるのも、さほどまれなことではない。そなたも、だからこそここへ来たのであろう、アルマンドとやら?」 「恐れながら」 「東の街道の魔物については、余も憂慮しておる。一方で、リシャールは貴重なオメガの王子だ。結婚相手はなるべく慎重に見極めたい。さて、どうしたものかな……?」  言いながら、フェルナン王がこちらを見るけれど、リシャールは黙って見つめ返すだけで、あえて何も言わないでおく。  自分の考えを述べることを求められているわけではないと、わかっているからだ。 (でもきっと、父上はこのお話を受け入れるのではないかな)  魔物バスターの求婚者は初めてだが、今まで何度もこういう場面を見てきたので、フェルナン王がどう考えるかは、なんとなくわかる。

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