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第4話
街道に巣食うダークベヒーモスの退治には、これまで何人もの人たちが失敗している。アルマンドは腕の立つバスターかもしれないが、おそらく今回も上手くはいかないだろう。
でも善戦したなら宮廷の食客として迎えればいいし、本当に退治できたなら、今後はラトゥール協会の仲介なしに魔物退治を行うことのできる、強力な魔物バスターを手に入れることになる。
そうなれば武力の増強につながるのはもちろん、王国の魔物対策に不満を抱いている一部の民からの支持も得られるだろう。大陸東部の国々との交易を以前と同じくらいの水準に戻すことができれば、経済活動もより活発になる。
この求婚話は、ヴェルデ王国にとって利点が多いのだ。
ややあってフェルナン王が、アルマンドのほうを向いてうなずいた。
「よかろう。条件付きで、そなたの求婚を受け入れる」
よく通る声で検討の結果が告げられると、広間がまた騒然となりかけたが、フェルナン王はさっと手を上げて皆を黙らせ、楽しげな笑みを見せて続けた。
「東の国境に現れ、我が民に害をなすダークベヒーモスを、その剣一つで見事退治してみせよ。さすればそなたを我が息子リシャールの花婿として王室に迎えよう。望むならば王国騎士団での地位を授け、それなりの領地をやってもよいぞ?」
半ば面白半分な口調に、皆困惑したように顔を見合わせる。
花婿候補に対して、フェルナン王がこんなにもすんなりと条件を告げるのは初めてだし、ここまでの大盤振る舞いも聞いたことがない。
アルマンドのバスターとしての腕をあまり信用していないのか、それとも今いる花婿候補たちを発奮させたいと思っているのか、さすがのリシャールも測りかねる。
「リシャール、そなたはどうだ。何か条件をつけたいなら申すがよい。特別に許すぞ?」
「……条件、ですか?」
急に話を向けられても、どのみち自分では相手を選べないのだし、成り行きに任せるしかない。話を聞く限り気になるところも特になかったので、リシャールは首を横に振っった。
「私から申し上げることは何も。ですが、民のために魔物を駆逐するというお話には、大変感銘を受けました」
そう言ってアルマンドに顔を向けると、黒い目がほんの少し見開かれた。
慎ましく胸に手を当てて、リシャールは告げた。
「国境の魔物は大変狂暴だと聞き及んでおります。そのお力を存分に発揮され、お怪我などなく無事に帰還されますよう、神官としてお祈り申し上げております」
リシャールの発言に、花婿候補者たちが嘆くような声を出す。
王の許した相手であっても、形の上ではリシャールが受け入れない限り、求婚に応じたことにはならないのだが、明確に拒絶したのでなければ受け入れたのと同じだった。
もしもアルマンドが本当に魔物を退治できたなら、リシャールは彼と結婚する。
たった今この場で、それが決まったということだ。
フェルナン王がふと思いついたように言う。
「そなたにも、東の国境を見せてやろうかな、リシャール」
「……っ? それは、見届け役として同行してもよいということですか?」
「バスターが魔物を狩るところも、そなたは見たことがなかろう? 騎士も傭兵も手に負えなかった魔物をバスターがどう仕留めるのか、余も興味がある。せっかくの機会だ。皆で見届けに行こうではないか」
そう言ってフェルナン王が広間を見回し、それからアルマンドを見据える。
「見物が増えたとて、腕が鈍るということもあるまい? 数日中に随行の者たちの手配をしておく。そなたには城下の館を一つ貸し与えるゆえ、しばし出征に備えるがよい。よいな、バスターアルマンド」
「はっ。必ずや、ご期待に応えてご覧にいれましょう」
アルマンドが再び頭を垂れ、艶やかな声で答える。
静かな自信がにじむその声に、リシャールはどうしてか胸が高鳴るのを感じていた。
魔物バスターであるアルマンドが、王子であるリシャールに求婚したという事実は、瞬く間に王都に暮らす民の知るところとなった。
花婿候補が王侯貴族であれば、ごくありふれた求婚話なので、世間話程度にしか話題に上らなかったのだろうが、何しろ魔物バスターだ。
アルマンドの師、勇者セベクが伝説的な魔物バスターであることもあって、民の期待は大きく、王や貴族、護衛の騎士団からなる遠征の一団が東の国境に向けて出発する日には、王都の城門に多くの民が押し寄せた。
東の国境までは馬車で数日の距離だが、何年も王都から出ずに暮らしていたリシャールにとっては、久しぶりの遠出だ。
「いかがです、見えますかな?」
「……おお、よく見えますぞ! なるほど、あれがダークベヒーモスですか!」
貴族たちが筒状の望遠鏡をかわるがわる覗いて、楽しげに声を上げる。
国境へと続く街道を見下ろす高台にある堅牢な砦には、見晴らしのいいルーフテラスが設えられていて、そこからは南北に長く連なる山脈と、半ば倒壊した関所の建物が見える。
そしてその陰には、巨大な黒い塊が覗く。
肉眼でもかろうじて形が見えるその影こそが、ダークベヒーモスらしい。
あれが居座っているせいで、人々は北へ大きく迂回して危険な山脈越えをしなければ、隣国との間を行き来できなくなっている。
「こうして見ると、魔物はさほど大きく感じられませんな?」
「あんなものと引き換えにリシャール殿下を番に迎えようとは……。いささか不均衡な条件ではありますまいか」
「王はあの魔物バスターに一杯食わされたのではないか?」
すぐ近くでリシャールも国境を眺めていることに気づいていないのか、貴族たちがひそひそと言い合う。
そういうことを言いたくなる気持ちはわからなくもないが、国境の関所とこの高台との間の平原には広くて深い川が流れており、ダークベヒーモスが水を嫌う性質であるので、この高台はかろうじて安全が保たれている。
川の手前には魔物除けのための防護壁が南北に伸びていて、そのさらに手前には、万一の事態が起きたときに王や貴族たちが逃げ延びるまで、身を挺して魔物を足止めするよう命じられた、平民の兵士たちが待機していた。
そんな場所で観光気分で魔物退治を見学しているだけだからこそ、魔物の恐ろしさを過小評価するようなことが言えるのだろう。
口先ばかり達者な貴族たちに辟易したリシャールは、黙って彼らから少し離れた場所に移動した。
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