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いつもの診察2

診察の終了を告げる時計の音が鳴った。 翠はカルテを閉じる。 いつも通りの診察だった。 ――睡眠時間は相変わらず短い。 ――食事もまともにとってない。 ――それでも前回より顔色は悪くない。 少しだけ安心しながら顔をあげると、芹はすでに立ち上がっていた。 「では、また二週間後に」 「はい」 そのまま扉へ向かうと思っていた。 「あれ」 その声に顔を上げる。 芹は本棚の前で足を止めていた。 手には一冊の文庫本。 見慣れた表紙だった。 というより、見慣れすぎていた。 「先生」 「はい」 「これ俺の本ですよね」 「そうですね」 隠すことでもない。 そう答えると芹は本棚へ視線を落とした。 そこには同じ著者名の本が何冊も並んでいる。 診察室へ置く本を選んだ時、特に深く考えた覚えはなかった。 気づけば増えていただけだ。 「読んでるんですか」 「読んでます」 「へえ」 短い返事だった。 芹は手にしていた本をぱらりと開く。 その様子を眺めながら、翠は少しだけ肩の力を抜いた。 診察中に小説の話になることはほとんどない。 本人も積極的に話すタイプではなかった。 だから意外だった。 「面白いです」 思ったままを口にする。 すると芹の手が止まる。 数秒遅れて本が閉じられる。 「ありがとうございます」 静かな声だった。 けれど、いつもの診察中とは少し違って聞こえた。 翠は理由までは考えず、本棚へ戻された本へ目を向ける。 その仕草はいつもと変わらないはずなのに、なぜだか診察中とは違う空気が流れている気がした。 「全部読んだんですか」 不意にそう聞かれる。 「もちろん」 「暇なんですね」 「失礼ですね」 思わず返すと、芹は小さく笑った。 翠は少し驚く。 診察中に見せる笑顔とは違う。 どこか肩の力が抜けているように見えた。 「どれが好きでした?」 次の質問が飛んでくる。 翠は少し考えた。 好きな作品ならすぐに答えられる。 けれど、本人を前にすると妙に気恥しい。 「やっぱ、一作目が好きです」 「ああ」 芹は短く頷く。それだけだった。 理由を聞かれると思ったがそうでもないらしい。 しばらく本棚を眺めたあと、芹は視線を窓の外へ向けた。 「意外でした」 「なにがですか」 「先生が小説読むの」 翠は小さく肩を竦める。 「読む人間に見えませんか」 「全く」 即答だった。 少しだけ納得がいかない。 だがそのやり取りすら妙に心地よかった。 「では本当にまた、二週間後に」 そう言うと、芹は今度こそ扉へ向かった。 静かに扉が閉まる。 診察室にいつもの静けさが戻った。 翠はなんとなく本棚へ目を向ける。 その中の1冊を手に取った。 表紙を眺めてから、小さく息を吐く。 次の診察まで二週間。 その間に新刊が出ることを思い出していた。

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