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急患

午後の外来は比較的、落ち着いていた。 診察を終えた患者を見送り、翠は次のカルテを確認する。 精神科は静かな科だと思われがちだ。 実際、待合室で怒鳴り声が響くことは少ない。 けれど静かだから楽というわけではない。 患者の抱える問題は目に見えない。 だからこそ小さな〝変化〟を見逃さない集中力が必要だった。 コンコンと不意にノックの音がする。 顔をあげると、看護師が困ったような表情で立っていた。 「榊先生」 「どうしました?」 「急患の方が……」 珍しいなと思う。 予約外の受診は少なくないものの、急患と言われることはそう多くない。 「自傷ですか」 「いえ」 「パニック発作?」 「それも違います」 看護師は一瞬、言葉を選び 「望月さんの担当編集の方です」と言った。 翠は思わず瞬きをした。 なぜ編集者が。 疑問に思いながら診察室の扉へ視線を向ける。 次の瞬間、勢いよく扉が開いた。 「先生っ!!!」 入ってきた男は今にも倒れそうな顔をしていた。 「望月先生が電話に出ないんです!!!」 開口一番、それだった。 翠は数秒だまる。 「まず落ち着いてください」 「落ち着いてられません!!!!」 男は半泣きだった。 「三日です!!!」 「なにがですか」 「三日も連絡がとれてないんです!!!!」 翠の表情からわずかに笑みが消えた。 ――三日。 芹の状態を考えれば、無視できる数字ではない。 「最後に連絡がとれたのは?」 「三日前です。締切前だから放っておいてくれと言われて……でも昨日から既読すらつかなくなってしまって」 編集者は明らかに焦っていた。 翠は小さく息を吐いた。 デスク上のモニターへ視線を向ける。 午後の予約一覧。 まだ数人分の診察が残っている。 通常なら外来を離れるわけにはいかない。 けれど。 「少しお待ちください」 翠は席を立った。 診察室を出ると、近くにいた看護師へ声を掛ける。 「今日、神崎先生いらっしゃいますよね」 「はい」 「まだ診察は?」 「夕方まで入ってます」 澪は短く頷いた。 「予約の患者さん、神崎先生にお願いできますか」 看護師が目を丸くする。 珍しいことだった。 「なにかあったんですか?」 「患者さんの安否確認です」 それだけ告げる。 看護師はすぐに表情を引き締めた。 「わかりました」 「申し訳ありません」 再び診察室へ戻る。 編集者は落ち着かない様子で立ったままだった。 「家まで案内してもらえますか」 「はい!!!」 翠は白衣のポケットからスマホを取り出す。 もし何事もなければそれでいい。 ただの取り越し苦労なら、それが一番だった。 「行きましょう」 翠が言うと、編集者は目に見えて安堵したようだった。

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