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急患②

芹のマンションへ着いたのは、それから三十分後だった。 編集者は車を降りるなり、足早にエントランスへ向かう。 翠もその後に続いた。 「本当に連絡つかないんです」 エレベーターを待ちながら編集者が言う。 「電話もメッセージも全部です」 翠は静かに頷くだけだった。 精神科医として最悪な事態を想像しないわけではない。 けれど、今は余計な憶測をするべきではない。 到着した階でおりる。 廊下は静かだった。 編集者が迷いなく、一室の前で立ち止まる。 「ここです」 インターホンを押す。反応はない。 もう一度押す。やはり返事はない。 「望月先生!!!!!」 編集者がドアを叩く。 静まり返った廊下に音だけが響いた。 翠はドアへ視線を向ける。 その時だった。 室内から微かに物音がした。 翠と編集者は顔を見合わせる。 「先生!!」 編集者が再びドアを叩く。 「望月先生!?!?いるんですよね!?!」 しばらくして、玄関の向こうから重たい足音が近づいてきた。 鍵の開く音がする。 ゆっくりとドアが開いた。 「……うるさい」 低い声だった。 現れた芹を見て、編集者が大きく息を吐く。 「生きてるっっ!?!?生きてたっ……!!」 「勝手に殺されても」 芹は眠そうな目を擦った。 黒髪はあちこち跳ねている。 眼鏡もかけていない。 診察室で見る姿とはまるで別人だった。 その姿に一瞬だけ目を奪われてしまい、翠は小さく視線を逸らす。 「三日も連絡取れなかったんですよ!!」 「寝てました」 「三日も!?!?」 「トイレには起きました」 起きていたなら連絡しろ、と編集者が頭を抱える。 そのやり取りを聞きながら翠は芹の顔を見た。 顔色は悪い。 けれど、思っていたよりは悪くない。 少なくとも救急車を呼ぶような状態ではなさそうだった。 胸の奥の緊張が少しだけ解ける。 「先生まで来てたんですか」 芹が翠を見る。 「心配されていたようなので」 編集者へ視線を向ける。 すると、当の本人は力が抜けたのかその場にしゃがみこみそうな勢いだった。 「本当に勘弁してください」 芹は困ったように眉を下げた。 その表情を見て、翠はふと部屋の中へ目を向ける。 開いた扉の隙間から見えた室内は、予想通りだった。 机の上には原稿。 飲みかけのペットボトル。 コンビニの袋。 カーテンは閉まったまま。 生活感というより締切の気配が漂っている。 「食事は?」 気づけば口にしていた。 芹は一度、瞬きをする。 「食べましたよ」 「なにを」 数秒の沈黙。 「ゼリー飲料?」 翠は小さく息を吐いた。 やはり予想通りだった。

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