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急患③
――やはり予想通り。
「他は」
翠が聞く。
芹は少し考えるように視線を上へ向けた。
「カフェオレ?」
「だから飲み物ですって」
「ミルク入りです」
「……」
このやり取りももう何度目だろう。
全く反省してる様子はない。
翠は部屋の中を見渡す。
締め切られたカーテン。
散乱した資料と、机の上のノートパソコン。
「睡眠は」
「寝てたって言ったじゃないですか」
「寝れてます?本当に」
「たぶん?」
まただ。
翠は小さく息を吐く。
都合が悪くなるといつも曖昧な返事をする。
誤魔化せると思っている訳ではなく、ただ本当のことを言うのが面倒なのだろう。
「望月さん」
「はい」
「僕の質問を面倒だと思わないでください」
芹はわずかに目を細めた。
それでも構わず続ける。
「心を診る医師ですよ。僕は」
何人もの患者を見てきた。
言葉だけではなく、表情も仕草も声の調子も。
だからこそ、芹の心の状態がよくないこともわかっている。
「少し仕事を休んでください」
その言葉に、芹が顔をあげた。
「むりです」
予想通りの返事だった。
「締切があるので」
「頑張りすぎているからこうなっているんでしょう」
「作家は締切を守るのが仕事なので。まあ最近は守れてないですけど」
「身体を壊すことは仕事ではありません」
しばらく沈黙が落ちる。
やがて、翠は少しだけ口調を和らげた。
「せめて数日でいいので」
芹は答えない。
ただ視線だけを逸らした。
それが答えだった。
聞く気がないのもわかっている。
「じゃあ、わかりました」
そう言うと、芹は意外そうにこちらを見た。
「その代わり」
翠は静かに続ける。
「次回から受診を週一回にします」
「ん?」
「二週間に一回では足りません」
仕事が休めないならと、そう判断した。
「面倒です。行きません」
「こちらも無理です」
「先生」
「それではよろしくお願いします」
芹は露骨に嫌そうな顔をした。
その表情を見て、翠は少しだけ安心する。
少なくとも、そうやって不満を言えるの余裕は残っているらしい。
その時だった。
ぐうと小さな音が鳴る。
芹がぴたりと固まった。
数秒の沈黙。
翠は瞬きをする。
「……」
「……」
先に視線を逸らしたのは芹だった。
「なにも聞いてません」
ぼそりと言う。
「聞きました」
翠は即答した。
芹は盛大に顔を顰める。
その反応に、思わず笑いそうになる。
どうやらゼリー飲料だけで済ませていたのは本当みたいだ。
「なにか食べてください」
「あとで」
「その〝あとで〟が来ないから言ってるんです」
芹は返事をしない。
頑固だな、と翠は思う。
患者としても。きっと小説家としても。
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