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休日

休日の朝だった。 目覚ましに起こされることもなく目を開く。 時刻は午前九時過ぎ。 平日ならとっくに診察が始まっている時間だ。 翠はベッドから起き上がると、キッチンへ向かった。 コーヒーを淹れながら窓の外を見る。 久しぶりになんの予定もない休日だった。 精神科医の仕事は想像されるよりずっと地味だと思う。 一日中、患者の話を聞き、カルテを書き、時には家族とも話をする。 身体を動かす仕事ではないけれど、仕事が終わる頃には妙に疲れている。 人の心と向き合うということは、案外体力勝負だと思う。 だから休日くらいは何も考えたくない。 そう思っていた。 コーヒーをひと口のんだところで、ふと望月芹の顔が浮かんだ。 「……職業病か」 誰に聞かせるでもなく呟く。 休日まで患者のことを考えるのはよくないのだけれど、常に頭の端に浮かんでくる。 昼過ぎ。 翠はいつもの書店へ足を運んだ。 休日に特別なことをするタイプではない。 本屋へ行って、本を買って、気が向けばカフェへ寄る。 それだけ。 新刊コーナーを眺めながら歩いていると、不意に足が止まった。 見慣れた名前が目に入る。 ――望月芹。 平積みになった新刊が大きく展開されている。 「そういえば今日か」 ぽつりと呟く。 帯には絶賛のコメントが並んでいた。 翠は一冊手にとる。 表紙を眺めながら、小さく息を吐いた。 あんな生活をしている人間が書いたような本とは思えない。 いやむしろ、それがいいのかもしれない。 結局、迷うことなくレジへ向かった。 店を出た頃には、紙袋の中に新刊が一冊増えていた。 その時だった。 「もう無理」 掠れた声が聞こえた。 反射的に顔をあげると、少し離れた場所で若い女性がしゃがみこんでいた。 肩を抱くようにして身体を丸めている。 呼吸は浅く早い。 周囲の人間も心配そうに見ているが、声のかけ方がわからない。 翠は足を止めた。 「大丈夫ですか」 女性は顔をあげた。 泣いている。 それだけではない。 呼吸が整っていなかった。 「息が……できなくて……」 震える声だった。 翠は女性の前へしゃがむ。 「救急車呼びますか」 女性は首を横に振った。 「違うくて……いつも、」 途中で言葉が切れる。 ――過呼吸。 ――強い不安。 状況から考えればおそらくパニック発作。 けれど、今は診断より先に優先することがある。 「大丈夫です」 翠は静かに言った。 「ゆっくり呼吸を整えてみましょう」 焦らさないように。 これ以上、不安にならないように。 何度も患者へ向けてきた声で。 女性は涙を拭いながら頷いた。 少しずつ、落ち着いてきたのを確認してから翠は立ち上がる。 休日のはずだったことを、その時ようやく思い出した。

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