8 / 23
悪化
休日はあっという間に終わった。
書店へ行き、偶然出会った女性の対応をし、帰宅した頃にはすっかり日が暮れていた。
気付けばまた仕事だ。
精神科医の一週間は案外早い。
外来をこなし、カルテを書き、気付けば次の受診日がやってくる。
そして今日。
――望月芹の診察日だった。
診察室の扉が開く。
「こんにちは」
「こんにちは」
いつものやり取り。
けれど、椅子に腰を下ろした芹を見た瞬間、翠は小さく眉をひそめた。
顔色が悪い。
目の下の隈も濃くなっている。
髪こそ整えているが、誤魔化しきれていなかった。
「寝てますか」
「それ挨拶ですか」
「質問です」
芹はため息をついた。
「寝てます」
「何時間」
「二時間くらい」
悪化している。
翠はカルテへ目を落とした。
予想はしていたが、予想が当たると安心できるわけではない。
「食事は」
「食べてます」
「なにを」
「カフェオレ」
「……それは飲み物です」
芹は目を逸らした。
小さく息を吐くと、翠はペンを置いた。
「望月さん」
「はい」
「本当に身体壊しますよ」
診察室が静かになる。
「仕事以外になにかありましたか」
芹はその言葉に、分かりやすく反応する。
「なにもありません」
「何度も言ってますが、ここは精神科です。僕の前では自分に正直にお願いします」
芹は黙ったまま視線を逸らした。
図星なのだろう。
けれど話すつもりはないみたいだった。
翠は焦らず言葉を待つ。
こういう沈黙も診察の一部だった。
やがて芹が小さく息を吐く。
「先生」
「はい」
「仮になにかあったとして」
その言葉に翠は顔をあげた。
「それを話したところで、よくなるんですか」
どこか疲れた声だった。
翠は少し考えてから答える。
「すぐには難しいかもしれません」
「ほら」
「けど、よくするために精神科医がいます」
芹は納得していない顔をした。
それでも反応はしなかった。
ただ、見上げるように天井を見上げて、
「じゃあさ」
ぽつりと呟く。
「その言葉、ちゃんと責任とってくださいね」
「ええ、もちろん」
「〝先生が〟俺のことをよくしてください」
あまりにも自然な口調だった。
まるであたりまえのことを言うように。
翠は一瞬だけ言葉に詰まる。
診察の空気が少し変わった気がした。
けれど当の本人は気にした様子もなく、
「睡眠薬増やしてくれません?」
と続けた。
「規定の量を守らないから減らしたんでしょう」
「効かないんですもん」
「大丈夫です。効いてます」
「説得力ないんですけど」
「あなたに言われたくありません」
芹は小さく肩を竦めた。
反省の色は見当たらない。
それなのに、なんの意味もないような言葉が妙に耳に残った。
ともだちにシェアしよう!

