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大丈夫の裏側
結局、睡眠薬は少しだけ増やした。
正確には増やされた。
診察の最後まで粘られた結果である。
もちろん無条件ではない。
服用量を守ること。
飲酒をしないこと。
少しでも異変があれば連絡すること。
いくつもの条件をつけた。
だからなのか、処方箋を受け取った芹は妙に満足そうだった。
思い出して、翠は小さくため息をつく。
「負けましたね」
隣でカルテ整理をしていた看護師が笑う。
「負けてません」
「どうでしょう」
「治療方針を調整しただけです」
そう言いながらも、説得力はなかった。
精神科医としては正しい判断だったとは思う。
患者の要望を否定するのもよくない。
そう思うのだけれど。
どこか言いくるめられた気がしなくもない。
翠は芹のカルテを開く。
週一回へ変更した受診間隔にも今のところ遅刻はない。
仕事量も減っていない。
睡眠時間は相変わらず短い。
食生活も褒められたものではない。
そして何より気になるのは、仕事以外でなにかあったことだった。
本人は話すのを嫌がっていたが、不安要素が増えるのは困る。
「そんなに気になりますか」
看護師が不思議そうに尋ねてくる。
「なにがですか」
「望月さんのこと。重篤な患者さん他にいっぱいいるでしょう」
翠はカルテから目を離さない。
「だからですよ」
「え?」
「重篤な患者さんなら、こちらもある程度覚悟できます」
症状が重い。
状態が悪い。
そうわかっていれば、注意深く診ることができる。
「望月さんは自分の状態を理解できてないので」
看護師が思わず吹き出した。
「逆に重篤かもしれないですね」
「そういうことです」
食事。
睡眠。
体調。
そして精神状態。
どれも本音を話そうとしない。
それとも、自分の限界が本当にわかっていないのか。
厄介な患者だとつくづく思う。
「先生、心配なんですね」
その言葉に翠は眉を顰めた。
「患者さんを心配するのはあたりまえでしょう」
即答だった。
看護師は「はいはい」と笑いながら席を立つ。
その背中を見送り、翠は再びカルテへ視線を落とした。
ちょうどその時だった。
診察室の扉がノックされたのは。
「先生〜、新規の患者さんです」
看護師の声に顔をあげる。
「お願いします」
そう答えてカルテを閉じる。
やがて扉が開いた。
入ってきた人物を見て、翠は一瞬だけ目を見開く。
「あれ」
向こうも気付いたらしい。
数日前、書店の前でパニック発作を起こしていた女性だった。
女性は少し気まずそうに頭を下げる。
「この前はありがとうございました」
どうやら、ただの偶然では終わらないようだった。
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