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生きていたい理由
過去のトラウマ、見えない不安。
この二つが邪魔をしてしまっているせいで、状態が悪化してしまったのだと思う。
今までも診察してきて、心が荒れている時期は何度かあった。
それでも『大丈夫』って言葉で片付けていた。
心が荒れていても、短い時間ながら睡眠はとるし、食事とは言えれないけれど、本人なりになにかしら口にしていた。
服薬中はお酒を飲まないこと。
その約束も守ってきた。
そんな彼がアルコールに手を出してしまった。
それは相当、限界がきた証拠だった。
「今どんな気持ちが勝ってますか」
静かに尋ねる。
「俺、生きたくないです」
その言葉に、翠は表情を変えなかった。
「そう思うことが増えましたか」
「最近ずっとそれだな〜」
掠れた声だった。
「何しても楽しくない」
翠は静かに頷いた。
「死にたい、ではなく」
慎重に言葉を選ぶ。
「生きていたくない、ですか」
芹は少しだけ目を見開いた。
そして小さく頷く。
「そんな感じです」
ようやく聞けた本音だった。
〝死にたい〟より〝生きたくない〟の方が精神科医としては聞きたくない言葉だ。
死にたいは助けて欲しいと願っている苦しみの訴えだ。
けれど、生きたくないは苦しむことにすら疲れてしまった人間の言葉だった。
だからこそ厄介だった。
「じゃあやっぱり、」
小さくため息をつく。
「僕が必要ですね」
芹がこちらを見る。
その視線を受け止めたまま続ける。
「だから」
一度、言葉を切った。
「これからも僕と一緒に、生きていたいと思える理由を探しませんか」
診察室で何度も患者に向けた言葉だ。
けれど、今は不思議なくらい真っ直ぐ口をついて出た。
芹は驚いた顔でこちらを見ている。
「本音ですか?」
不安そうな顔で尋ねてくる。
「そう見えないですか。家まで来たんですが」
「確かにそれはそうだ」
少しだけ力の抜けた声だった。
翠は胸の奥で安堵する。
少なくとも自分の言葉は届いていると思う。
「望月さん」
「はい」
「今日は寝ましょう」
芹は苦笑いを見せた。
「それが出来てたら苦労してないですよ」
「薬は飲みます。お酒は禁止です」
「厳しい」
「主治医なので」
そういうと、芹が少しだけ笑った。
その笑顔を見てようやく肩の力が抜けた。
きっと明日も苦しいとは思うけれど。
それでも。
生きていたい理由を一緒に探すのが、精神科医としての役目だと改めて感じた。
「ところで先生」
何かを思い出したように尋ねてくる。
「はい」
「当分引き篭ってたから、外にデート連れてってくれません?」
あまりにも唐突な誘いに、本当にさっきまでの男なのかと疑った。
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