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外出
「嫌です」
「即答?」
「あたりまえですよ」
翠は眉間を押さえた。
数分前まで生きたくないと言っていた人間の発言とは思えない。
「ただの主治医ですが」
「だからでしょ?」
「全くもって意味がわかりません」
芹は小さく笑った。
その表情は先程までより幾分柔らかい。
「外に出る理由がほしいので」
「……」
その一言に、翠は口を閉じた。
生きていたい理由を探そうとは言った。
けれど。
それとこれは違う気がする。
「近所のコンビニでも?」
「デート感ないでしょ」
「そもそもデートじゃありません」
「……だめかあ」
芹は少し首を傾けながら、子犬のような目で見つめてくる。
スマホを見ると、時刻は午後八時。
画面を確認すると、深くため息をついた。
「明日も早いので三十分だけなら」
その言葉に、芹は目を丸くした。
「誘ってみるもんですね」
「……」
翠は無言で立ち上がる。
「早く着替えてください」
「はい先生」
妙に素直な返事だった。
数分後、マンションを出ると夜風が頬を撫でた。
昼間ほど人通りは多くない。
外の空気を少し吸うだけで、十分な刺激にはなるだろう。
隣を歩く芹を横目で見ると、空を見上げていた。
「外ってこんな感じでしたっけ」
「数日で忘れたんですか」
「たまにはいいですね」
その声は少しだけ軽かった。
顔色は相変わらず悪いけれど、表情は柔らかくなった気がした。
唐突な誘いには驚いたが、自分から外出しようとすることは医者にとって十分嬉しいことだ。
「どこ行く気ですか」
「知りません」
「無計画すぎますね」
「どっちが」
そう返すと、芹は声を上げて笑った。
その笑い声に少しだけ安心する。
しばらく無言で歩いていると、住宅街を抜けた。
大通りへ出るとまだ営業している店がちらほら見えた。
「先生」
「はい」
「あそこ」
芹が指さした先には大型書店の看板。
翠は思わず足を止めた。
「仕事の話は禁止ですよ」
「客としていくのでね」
そう言うと、芹は先に歩き出した。
店内は平日の夜らしい静けさ。
新刊コーナーの前を通り過ぎようとして、足を止める。
見慣れた名前が目に入ったからだ。
平積みされた本の帯には『大ヒットシリーズ最新刊』の文字。
「先生」
嫌な予感がした。
「俺の本ありますよ。買います?」
楽しそうに笑っている。
「買ったので大丈夫です」
一瞬、空気が止まる。
「え?もう?」
「プライベートの話はちょっと」
「さっき買ったって言ってましたけど」
「……」
「先生」
「なんですか」
「いつからファンなんですか」
「本のファンです」
「俺のでしょ??」
翠は答えない。
その沈黙が何よりの答えだった。
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