18 / 23
主治医として
診察の扉が閉まる。
翠はひとりになると小さく息を吐いた。
電子カルテを閉じようとして手が止まる。
理由はわかっていた。
数分前の光景が頭から離れなかった。
――それはやだ。
あんなに反応するとは思わなかった。
患者から担当変更を嫌がられるのは珍しいことではないけれど、それなのに今日だけはなぜか妙に気になった。
考えるだけ無駄だと思ったその時、スマホが震えた。
<今日は返信くれます?>
<暇なんでご飯行きません?>
翠はスマホを伏せた。
診察が終わってまだ十分も経っていない。
返信はしない。
緊急の内容でもないからだ。
返す理由もない。
そう思ったのだけれど、無駄に画面が気になった。
午後の診察を終わらせて、帰宅してからもスマホだけが気になってしまう。
変わらず通知は鳴り続けていて、その度に既読だけはつけて。
気付けば返信をしていた。
<寝てください>
たったその一言。
けれど返信は数秒もしないうちに返ってきた。
<初めて返事もらった>
<で、ご飯は?いってくれないんですか>
翠は思わず眉間を押さえる。
返さなければよかったと思うのに、画面を閉じる気にもなれなかった。
数秒迷って文字を打ち込んだ。
<いきません>
これ以上は返信しないと決めて送信した。
<ああ、じゃあ元カノに誘われてるんでそっち行きます>
<また病んだら助けに来てくださいね>
その文章を見た瞬間、翠の指が止まる。
数秒、ただ画面を見つめる。
――元恋人。
つい先日まで状態を悪化させていた原因。
そんな相手の所へ行くと言われて、いい気分がするはずもなかった。
主治医として止めるべきだろうかと考えたが、患者のプライベートを止めてしまうのもどうなのだろうか。
けれど、それは建前だった。
胸の奥に生まれたざわつきの正体を翠はまだ知らない。
小さく息を吐きながら画面を閉じる。
数秒たってから再びスマホを手に取った。
<気分が落ちてしまう原因わかっていて、なぜ行くんですか>
<受診も薬も多くなるだけですよ>
主治医としての返信だった。
それ以上でも、それ以下でもない。
そう自分に言い聞かせながら送信ボタンを押す。
すると、既読はすぐにつく。
<返信早>
<心配してくれてます?>
<でも先生、俺の生きたいと思う理由が見つかるまで一生俺のこと診てくれますもんね>
立て続けに送られてくるLINEと、最後の一文。
いつまで通い続ける気なんだと、翠はため息をついた。
それでも本当に最後と決めて返信したのは、
<主治医ですから。ストレスの原因に自分からつっこむのはやめてくださいね>
それだけだった。
ともだちにシェアしよう!

