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小説の中の本音

数日後。 昼休憩へ入った翠は診察室の机に置かれた封筒へ視線を向けた。 差出人の名前を見た瞬間、小さくため息が漏れる。 望月芹。 嫌な予感しかない。 封を開けると、一冊の本が入っていた。 まだ店頭には並んでいたい新刊。 表紙を見つめながら、ふとあの日の会話を思い出す。 ――先生に一番に見せますね。 本当に送ってくるとは思わなかった。 わざわざ送って来なくても受診の時でよかったはずだ。 そう思いながらページを捲る。 不思議と迷惑だとは思わなかった。 むしろ、発売前の原稿を平然と送り付けてくるあたりあの人らしいなと息を吐く。 すると本のあいだから一枚の紙がひらりと落ちた。 «ファンとして感想ください» たった一行。 思わず眉を寄せる。 その言葉が妙に引っ掛かった。 翠は紙を本へ挟み直す。 そして表紙へもう一度視線を落とした。 ――『僕の病気を治すあなたへ』 らしいタイトルだと思った。 何気なくページを開く。 そこに書かれていた一文に、翠の指が止まった。 ――人は誰かに救われた瞬間から、その人を特別だと思ってしまう生き物らしい。 翠は静かに本を閉じた。 嫌な予感しかしなかった。 だから読むのは後にしようと思った。 昼休憩も残り少ない。 午後の診察もある。 本来なら今読むべきではない。 そう思いながら机へ置いた。 けれど数秒後。 気付けば再び手に取っていた。 我ながら単純だと思う。 主人公は若い小説家だった。 締切に終われ、眠れなくなり、それでも大丈夫だと笑い続ける。 誰にも本音を話さない。 助けを求めることを知らない。 どこかで見たことのある人間だった。 さらに読み進めていく。 主人公はある日、心療内科の扉を叩く。 眠れないだけだと思っていた。 少し休めば治ると思っていた。 けれど身体は言うことを聞かず、気付けばなにも楽しくなくなっていた。 その描写が妙に生々しかった。 診察室では聞けなかったこと。 本人が話そうとしなかったこと。 それらが物語の中では驚くほど素直な言葉で綴られている。 そう思った時だった。 主人公のセリフが目に入る。 ――先生は俺のことを患者として見ている。 その一文に、翠の視線が止まった。 「患者……?」 気付けば口に出ていた。 ページを持つ指に少しだけ力が入る。 主人公は続ける。 ――だから安心できる。 ――先生はきっと俺を好きにならない。 ――患者だから。 そこで読む手が止まった。 静かな診察室には空調の音だけが耳に残る。 翠はゆっくりと息を吐いた。 これは小説だ。 そう分かっている。 けれど、妙に現実味があった。 まるで誰かの本音をそのまま切り取ったみたいに。 嫌な予感は少しずつ確信へ変わり始めた。

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