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小説の意味
翌朝。
翠はいつもより少し早く病院へ着いていた。
診察室に入り、白衣を羽織る。
机の上には読み終えた一冊の本。
『僕の病気を治すあなたへ』
最後まで読み切った今でも、どこか胸の奥が落ち着かなかった。
フィクションだと、そう言い聞かせても物語の中に散りばめられた言葉はあまりにも現実と重なりすぎている。
――先生は俺のことを患者として見ている。
ページの向こうから投げかけられたその一文だけが、頭から離れなかった。
小さく息を吐き、本を引き出しへしまう。
今日は芹の受診日だった。
午前中の診察が終わり、休憩へと入る。
午後一番には芹の診察が入っていた。
いつもなら何も思わない。
けれど今日は、診察時間が近付くにつれて妙な落ち着かなさが胸に広がっていく。
原因は分かっている。
昨日読み終えた一冊の小説のせいだ。
あの本について、どう切り出せばいいのか。
そればかりを考えていた。
毎日、昼休憩に食べているカップラーメン。
患者には〝体に悪い〟なんて言っておいて、自分は毎日口にしている。
むしろ忙しい日々を乗り切るための元気の源なのかもしれない。
けれど今日はそのカップラーメンに箸が進まなかった。
カップラーメンから立ち上る湯気を眺めながら、翠は小さくため息をついた。
その瞬間だった。
コンコンと診察室の扉が叩かれる。
「榊先生!!!」
慌てた様子の看護師が顔を覗かせた。
「はい」
「望月さんなんですけど、予約時間より少し早いんですが、今から入ってもいいですかって」
翠は思わず時計へ視線を落とす。
まだ昼休憩が終わるまで十五分ほどある。
「……どうぞ」
そう答えたものの、カップラーメンへ視線を落とす。
一口も手をつけていない。
今日に限っては、昼食より先に向き合わなければならない相手がいるらしい。
「どうぞ」
看護師が扉を開ける。
「失礼しまーす」
いつもと変わらない調子で芹が診察室へ入ってきた。
手にはコンビニのコーヒー。
こちらを見るなり、いつものように笑う。
「先生、お昼ですか」
「見て分かりませんか」
机の上に置かれた、まだ湯気の立つカップラーメンへ視線を向ける。
「あ、すみません」
そう言いながらも悪びれた様子はない。
翠は小さく息を吐いた。
「十五分早いですが」
「早く会いたかったので」
あまりにも自然と言われて、一瞬だけ言葉に詰まる。
けれどすぐに気を取り直し、椅子を示した。
「座ってください」
芹は素直に椅子へ腰を下ろす。
その姿を見ながら、翠の視線は机の引き出しへ向いた。
今日はこの本の話を避けて通れそうになかった。
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