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第9話

「帰りはわからないから! 鍵は玄関だよ、じゃあね」  顔を合わせて三十分も経っていない人間に子供を預けて仕事……? そんな状況で仕事? に行っちゃうなんて、あり得ることなの⁉︎  引き止めようとしたらリンに睨みつけられてしまった。その瞳は明らかに僕に嫌悪の感情を持っていて、トーマに近づくことを許していない思考がダダ漏れたった。  その気迫に怯んで……伸ばそうとした手を引っ込めると、ふん と鼻で笑って行ってしまう。  トーマは一度もこちらを振り返ることはなくて、僕の存在なんてもうとっくに忘れているかもしれなかった。  いや、僕の存在は忘れてもいいけど、ルカに一言「いってきます」くらい言ってもいいのに…… 「たーい。……じょぶ?」    ルカの慰めの言葉に周りを見回せば、途方に暮れてしまいそうなほど散らかったリビングと……ニコニコと笑っている天使を見つけた。  とにかく片付けなくては話にならない。  幸い生ゴミが腐って虫が湧いて……ってことは、ないわけではなかったけれど、大惨事には違いなかった。  なんとか見つけたランドリールームにとりあえずリビングの服を運んで……運んで……  ひと抱もある汚れ物を何度運んだか覚えてはいなかったけれど、洗濯機の前に大山が二つできる頃にはリビングの汚れ物はほとんどなくなっていた。 「もしかして、洗濯せずに毎回新しいものを下ろしてたのかな」  僕には考えつかないような事柄だけれど、あまりにも大量にある靴下やシャツ、下着類を見ているとそんな気がしてくる。  毎日新しいものを……なんて、それだけで出費が大変なことになりそうだけれど、あの給料で家政婦を雇おうとしているんだからお金はあるのかもしれない。 「あー……ね、えと……まんま ん、んっ」  僕の後を興味津々でついて回っていたルカが、汚れ物を運び終えて一息ついた僕に向けておずおずと言う。  小さくくぅって鳴っているルカのお腹に埃でくすんだ窓を見れば、少し日が落ちてきていて……確かに、子供はお腹が空く頃だ。 「わ! ごめんね、すぐに作っちゃうからね」 「……ちゃい」  ルカはぐぅと鳴るお腹を押さえて青いオパールの瞳を潤ませる。 「謝らなくてもいいんだよ?」  こんな小さな子供が、ご飯を催促して謝る必要なんてない。  慌てて膝をついて顔を覗き込むと、ふるりと今にも雫を零しそうな目で見つめ返してくれて…… 「何が食べたいかな?」 「んー? なーに」  僕が尋ねたことをそのまま尋ね返して、ルカは不安そうにギュッと拳を作って胸に当てている。  まるでそうすることで何かを堪えているような様子に、見ているこちらが不安になってしまう。  

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