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第42話

「えっと、水泳は体が強くなるようにって習い始めたのが最初です、でも水中で自由に動けるとイルカになったような気分になれて、すごく楽しいんです。陸上は中学に先輩に誘われて始めたんですけど、走ってると風になれたみたいで気持ちいいんです! 息が苦しくて、もう無理だって思う時もあるし、負けると悔しいんですけど……でもまっすぐにゴールに飛び込んで行く時は、最高だって思う……から……」  一気に話したけれど、きっとこれもトーマが求めていた話じゃないってわかって、しおしおと項垂れた。  やってしまった……と思うけれど、それと同時に「水泳と陸上とは?」みたいな哲学っぽい話を振られても、正直……困るというかなんというか。 「……えっと、大切な、もの、ですかね」  あはは と誤魔化す笑いが消えて、僕はそう言った。  いっぱいいっぱい、言葉を重ねようと思えば重ねることができた。なんたって僕の青春はこの二つに捧げられたんだから。  家族にも支えてもらって、力一杯やり切ったと思うから、純粋に運動としてだけじゃなくて家族の記憶とも結びついている。  ほろ苦くて、でも大事で、ほんのわずかでも忘れないように宝石箱に閉じ込めておきたい、そんな存在だ。  ちょっとうるっとしそうになったから、必死にごまかすために慌ててパチパチと瞬きを繰り返した。 「わかった」 「へ⁉︎」  あんな話でわかったって……何をわかったんだろう?  ポカンとしている僕をじっと見つめてくるから、なんだか居心地悪くなってそわりと体を揺すった。 「えぇと……お役に立てて? よかった、です」 「うん」  これで終わりだと思っていたのに、トーマは僕の目の前に立ったままだ。  至近距離で目の前に立たれて…… 「あの、まだ何か?」 「いい匂いがする」  すん と鼻を鳴らすようにされて、「あ!」って声が漏れた。 「それはクッキーだと思います!」 「クッキー?」 「明日のルカさまのおやつにと」  少し前にオーブンに放り込んだから、そろそいい匂いがし始める頃だ。  僕もトーマのように匂いを嗅ごうとすんすんと鼻を鳴らして……微かに香り始めたクッキーの香りよりも、目の前のトーマの香りに気がついた。  瞳から連想できるような、シュワっとした爽やかさとどこか優しい甘さが含まれた匂い。  初夏が似合いそうな青空の気配に、吸い込んだ香りが肺の中で甘く痺れるような余韻を残す。  トーマ自身の香りだ と思った途端、雇い主のフェロモンの匂いを嗅いでるって気づいて慌てて身を翻す。 「ああああああああのっ焼けたらっ! お持ちしましょうか⁉︎」  

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