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第70話
「あ……えっと、いつもの貧血ですし、かかりつけは少し遠いんです。ルカさまを置いていけませんし……お休みをいただければ一人で行ってきます!」
「ルカは留守番させておけば…………」
「いけませんっ!」
大きな声でトーマの言葉を遮ったからか、ソーダ色の両目がはっと見開かれる。
「ルカさまを一人でお留守番なんてさせられません!」
「……何を……ルカは今までだって……」
「それが本当に真っ当なことだと思ってましたか?」
僕の強い言葉に、トーマは動揺を隠しきれない表情で顔を背けた。
この人は、わかっている。
わかっていてルカを独りにしていたんだって思うと、やり場のない怒りがぐるりと腹の中でとぐろを巻いた気がした。
出会った時の生活環境だけじゃない、食事ひとつ、眠り方ひとつ、どれひとつとっても小さな子どもが受け入れていいものじゃない。
「トーマさま。ルカさまがどうやって泣くかご存知ですか?」
まるでグラスの中の氷が転がるように、トーマの瞳がふるりと震えて……
「……それがどうした」
硬質な横顔は僕の言葉を拒絶していたが、どこかほっとしたような色を滲ませている。
トーマは、きちんと養育できていないと言われて……どうして安堵しているんだろう?
「……ルカさまは、寂しがってます」
「そんなことない」
弱々しい声はトーマの心情を言葉以上に伝えてきて、僕はどうしてトーマがルカをその状況に置いていたのかわからず、眩暈がしそうだった。
トーマはこの家の状況が良くないことも、ルカが寂しがっていることも知っていて……なぜ?
どうして、あんな生活をさせていたんだろう?
「そんなことあります! 寂しいから……だからぽっと出の僕なんかにも懐いちゃうんですっ」
「……いや、ルカが君に懐くのは納得がいく」
その言葉は怒り出そうとした僕の出鼻を挫いた。
「君は、魅力的だから」
ぽつ と零した自分の言葉に気づかなかったのか、トーマははっとなった後に慌ててルカを抱き上げる。
「とにかく! 明日は調整のために出社しなければならないが、明後日なら家で仕事ができるはずだ…………ルカは私が見ているから、君は病院に行きなさい」
「心配だ」の言葉はほとんど声になっていなかったけれど、ちゃんと耳には届いた。
「今日は家のことはいいからゆっくり休みなさい」
問題ありませんって言おうとして、説明を求められたら困ることに気づいて口を閉じる。
僕の様子にトーマは問いかけるような表情をしたけれど、僕が倒れた理由をトーマに知られるわけにはいかない。
だって、僕が倒れるのは、抑制剤の副作用なんだから……
「何かあれば声をかけてくれ」
そう言ってトーマが出ていくと途端に耳が痛くなるほどの静かさに襲われて、萎れるように布団に横になった。
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