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第76話
トーマの動きには子供相手の不慣れさは見えない。
ルカをうずくまるように眠らせるような、そんな酷い扱いをする様子は全然なくて……やっぱり僕は不思議で仕方がなかった。
朝、リンが訪れた時にはトーマ達はまだ食事中で、ルカの口の周りの汚れをトーマが拭いているところだった。
「ちょ……っトーマを煩わせないようにって言ったよね? あんたの仕事なのにちゃんとできないの?」
「す、すみませ 」
「しかも何を図々しく一緒に食事してんの? 使用人なんだから目につかないところで食べてよ!」
バシッと箸を払われて、スクランブルエッグの残っていた僕の皿がけたたましい音を立てて回る。
トーマの隣にいたルカが硬直して、飲み込みそびれたリンゴのかけらが喉に引っかかったのか、突然激しく咳き込み始めた。
急いで口に指を入れてリンゴの残りをかき出して……落ち着くように抱きしめて背中を撫でる。
「リン」
ひやっとするほど低く硬い声に、リンだけじゃなくて僕も体が跳ねた。
意識外で漏らされる怒りのフェロモンは肉体のケガよりもチクチクとした痛みを身体中に残す。
「あ……だって……家政夫なのに立場を弁えてないから……」
「じゃあ君はどの立場で食卓に乱入するんだ?」
リンはびく と肩をすくめると、ルカを宥める僕をチラチラと見る。
一際きつく睨んで視線を残しつつ……「だって、トーマの義弟なんだよ? 身内でしょ?」と絞り出す。
リンは大きくて形の良い両目の縁に涙を溜め、トーマへと詰め寄る。
「なんで僕と朝食を摂らなくなっちゃったの? 家政夫がちゃんとルカの相手してないからでしょ? じゃあ叱るのは当然じゃない? トーマは家のことなんかに煩わされて欲しくないから、僕が注意するんでしょ? だから、トーマのために僕は仕方なく怒ったんだよ? お金で雇われてるのに仕事をサボるなんて辞めてもらうしかないし?」
一気に言い切ると、リンは華奢な肩を大きく上下させた。
それでも、勝ち誇ったような顔で僕を見て……薄く唇に笑みを乗せる。
辞めてもらうしかない の言葉が重くのしかかり、ルカの背中をさする手が止まりそうになってしまった。
「ルナとは離婚が成立している。君とはもう兄弟ではないのだが?」
「そ、そんな! そんなことない! 僕はずっとトーマの弟なんだから!」
トーマは重く溜め息を吐くとゆっくりと立ち上がる。
そうするとフェロモンはますます降り注ぐように僕を責めるから、ルカを守るように腕に力を込めて耐えて……
「それを笠に横暴を働くなら、君はもうこの家に来なくていい。もう迎えは必要ないから直接研究所に向かいなさい」
「なんで⁉︎」
「理由は今、話したところだ」
とりつく島もないほど硬い声音は、その言葉が冗談なんかじゃないって教えていた。
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