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第116話
ふと言葉を区切った僕に、トーマははっと顔色を変えて身を乗り出してくる。
「何か、あったのか?」
「……今日…………」
僕は今日の買い物途中に出会った不審者……じゃない、男のことを説明した。
弟たちのことをどう説明しようか迷ったけれど、結局通りすがりの人に助けてもらったって説明をし終えると、トーマは顔色を悪くしてソファに沈み込んでしまう。
「…………ルカは、どうしていた?」
「ルカさまは、不安そうにしていました」
「ルナは……妻は? その場には?」
妻……
もやりとしたものに思わず胸を押さえる。
別れたとは言え、この流れでそう呼ぶのはおかしくないし、今はそれよりももっと大事な話をしているってわかっているのに、抑え込めない感情に顔をしかめた。
「いらっしゃいませんでした」
「……そうか」
はぁ と深く吐かれた溜め息は重く長い。
雇われの身としてはこれ以上踏み込むのは良くないんだろう。でも、だからと言って家政夫って立場を除いちゃうと僕はトーマとどの距離感で接していいのかわからなかった。
体の関係はあっても、自分の立場が良くわからない。
元奥さんとのことを聞いてもいいのか。
元夫婦のことに口を出していいのか。
それすらわからない。
それどころか、昼間に考えがたどり着いてしまったように、付き合うとか恋人だとか、そんな関係ですらないんじゃないのかなって思うと、膝の上で握った拳を動かせなくなってしまった。
僕、今……どの立場で話をすればいいんだろう?
握り込みすぎたせいか拳が小さく震える。
少なくとも、業務時間内のことを尋ねられたのだから、家政夫として答えるべきだって思って顔を上げた。
「いらっしゃったのに、僕が気づかなかっただけかもしれません」
もしかしたら、少し離れたところから様子を窺っていたかもしれない。
そうしたら……もしそうだったとしても、顔を知らない僕は気づくことができない。
それらな、元奥さんの写真を見せてもらうべきだって分かってる……けど、でも僕にはまだ見せてくださいって言う勇気はなかった。
トーマにきちんと愛されて、望まれて、結婚して……そんな眩しい人を見てしまうと、僕はきっと取り乱して今の立場もなくしちゃうだろうから……僕にできるのは、できるだけ、冷静に、家政夫の意見を言うこと!
「なにもお役に立てず、申し訳ありません」
「いや…………」
「今後は防犯グッズの使用や食材通販を活用して対策をしたいと思います」
「…………」
揺れるソーダ色の瞳は僕を見て、さらに何か意見を求めているようだった。
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