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第123話
「き 君は……っ」
「すみません、うまく関係に名前をつけられなくて……すべてに名前がつけられるわけじゃないですもん ——っ」
「ね」の言葉尻が掻き消えた。
吸い込んだ息が切り裂くように体の内側から僕を苛んでいる と思った瞬間には、膝から力が抜けて洗面所の床へと倒れ込んだ。
「??」
降り注いでくるのは、怒りのフェロモンだ。
「ぁ……っ」
息が詰まるような、刺々しくて攻撃的なそれはβなら耐えられたかもしれないけれど、僕には毒のように効く。
本能的な恐怖や畏怖を引き摺り出されて、萎れるようにうずくまった僕に慌てたトーマが声をかけてくれたけれど、それに応える余裕はなかった。
「都筑くん! しまった……君はフェロモンを感じ取れるんだったね」
僕を引き寄せてくれるトーマの腕は温かだし、今までの腕と変わりなんてないのに今はそれが恐ろしい。なんの身構えもなく受けてしまったフェロモンは僕の奥深いところまで入り込んで、理性よりも本能で動くように訴えてくる。
「 っ、ぅ」
「ゆっくり息をするんだ。もう怒ってない。もう大丈夫だ」
大きな手が背中を滑り、そっと落ち着かせるように動く。
ぎゅっと抱きしめられた腕の中に満ちるのは、僕の大好きな温かい匂いだった。
「ん……」
トーマの肩に鼻先を擦り寄せ、その匂いに包まれたくてすんすんと鼻を鳴らしながらしがみつく。
服を通して行き来する熱にドキドキするけれど、それは同時に僕を安心させてもくれる。僕はやっぱり、トーマのことが好きなんだと胸がくすぐったくなることに気がついた。
「……ありがとうございます、もう落ち着きました」
「君は、どうして愛人だなんて言うんだ」
落ち着いたって言うのに、トーマは腕を緩めてくれない。むしろぎゅっと僕を抱きしめて、密着度はますます上がっていく。
「他に言葉が……見つからなくて……」
「他に? 俺は君をこんなに求めているのに?」
私から俺に一人称が変わって、ソーダ色の瞳が熱にギラリとした輝きを含む。
トーマのスイッチが入った時の表情に、思わず胸がぎゅっと高鳴った。
「……っでも」
「ベータの君には戸惑う話かもしれない。でも 」
熱い指先が額にかかった髪を払うと、熱で潤んだ夏色のソーダが僕をひたりと見据えている。
獲物を食べたがる獣のような目に、僕はくらりとめまいを覚えた。
「あっ……」
空に落ちていきそうな感覚。
これは……
「ト、トーマさまっ離しれ っ」
ひく と喉元がはねた時にはもう遅かった。
呂律は回っていないし、馴染みのある溶岩のような熱が一気に動き出す感覚がして……目の前のトーマの姿が一気に鮮やかになる。
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