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第126話
「名誉の……」
発情事故に巻き込まれたαがΩの項を噛まないように自分の腕に噛み付くことだ。
話にだけ聞いていたそれは、僕が想像していたものよりももっと生々しくて痛々しい。
「ご……ごめ……ごめんなさ…………ごめんなさ……ぃ、腕……ケガを……」
僕を見下ろすトーマの目を見る勇気はなかった。はっきりと拒絶の色を見てしまったら、僕は……
「君の名誉を守れたなら、それで十分だ」
「 っでも、僕……っ」
α用の緊急抑制剤の副作用だからか、トーマは青い顔をして緩く首を振って床を指差す。
「すまないが先にこれを片付けてもらえないか。ルカが見て驚く」
ふらつく体を壁で支えながらそれだけを言うと、トーマはよろけながらリビングへと姿を消した。
泣きながら床の血を拭き、ルカに見つかる前にトーマと自分の血のついた服を水で洗う。
すべてを終えてリビングのトーマの元へ戻ると、緊急抑制剤の副作用のために真っ青な顔のままソファーに沈み込んでいた。
「トーマさま……」
「……後片付けをすべて任せてすまない」
トーマは、「目が回る」と言うと目を閉じてしまうから、いつものソーダ色の瞳から感情を読み取れず……僕はラグの上にへたり込むように正座する。
「申し訳、ありません」
頭を下げるとラグの感触が額に触れる。
どうしてこれ以上下げられないのかと申し訳なく思いながら、それでも僕にできるのは謝罪だけだった。
僕は、自分の勝手でトーマに不名誉と与えるばかりか傷まで負わせてしまった。これは、僕が正直に生きていたら起こらなかった事故で……
「…………」
「トー……マ、さま、僕、オメガ……です」
「ああ、だからオメガ用の薬を使った」
「あの……募集条件……に、違反…………嘘を、す すみません」
トーマを傷つけて、嘘までバレて、こんな人間を傍に置こうなんて人間はいないだろう。
全部身から出たサビだってわかっているけれど、トーマを傷つけたこととルカと離れ離れにならなきゃならないことが悲しくて、視界がゆらりと揺れる。
「————チラシにオメガは雇わないと書くのは法律違反だ。だから書いていない」
「でもっトーマさまがオメガは雇わないっておっしゃいました」
「録音は?」
「え?」
「そう言い張るなら証拠があるんだろう? 出しなさい」
「そん……だって、電話で言われただけだし……録音なんて……」
「じゃあ証拠はないんだろう?」
「ない です」
なぜ、僕は言い負かされているんだろう?
僕は嘘を吐いて、本来なら慰謝料を払わなきゃいけないようなことをしたのに、どうして被害者が僕を庇うんだ?
「???」の頭で混乱している僕を、トーマはやっと目を開けて見てくれた。
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