140 / 142

第140話

「しかも、研究内容を持ち出していた」 「え?」 「君が家に来たって教えてくれただろう? あの時に、俺の部屋に置いてあった昔のバックアップデータを盗み出していた」  ポカン と、開いた口が塞がらなくなってしまう。  あの時、自分の忘れ物じゃなくて何か価値のあるものを持ち出したんじゃないかって思ったのは、正しかったわけだ。 「古くて大部分は使えないデータだったが……それを流出させようとした」 「ええ⁉︎」  そんなことをして、何がしたいんだろうと考えていると、僕の考えていることがわかったのかトーマは真っ直ぐに僕を指差した。 「え? 僕?」 「うん。君が流出させたって言い出す予定だったらしい」  もう、「え」とも言葉が出なかった。確かにリンには出会った時からつっけんどんな感じに相手をされていたけれど、そんな濡れ衣を着せられるくらい憎まれていたなんて……  一歩間違えれば僕は警察に捕まっていたかもしれない。 「それは……やっぱり、僕を追い出すため?」 「そうだろうな」 「そんなことをしてまで……またこの家に戻ってこようと思うって、すごい胆力ですね」  リンの最終目標はここの家。  ……っていうより、僕の立ち位置。  トーマの横に立つことだ。  あの執着を見て、背筋に走った悪寒にぶるりと体を震わせる。 「君を辞めさせるなんて、ありえないのにな」  はは と笑いながら言ってくれるから僕の心は沈まなくて済んでるけれど、これだけモテるトーマのことを思うと、いろいろな部分が不安になってしまう。 「俺にはまだ番がいないから、特に執着したんじゃないだろうか?」 「え?」 「ルナとは実は番契約……首を噛んではいないんだ」  夫婦だからてっきりって思ってたけれど、確かに、噛まれていたら他のαのフェロモンなんてわからなくなるんだから、運命も見つけられないよね。  項を噛む行為は相手を傷つける行為だから、最近では番にならない夫婦も増えていると聞くし。   「結婚が早かったのもあって、人ひとりの人生を縛って責任をとる勇気がなかったって言ったら、逃げになるんだろうけど。ルナにそんな衝動を抱けなかった」  長い指が僕の項に触れて惑うように行き来する。  項を噛んで成立するαとΩにのみ存在する絆は、噛まれる側のΩは人生で一度しか噛んでもらうことができない。 「噛んでいたら……って昔は思いもしたけど、今はこれでよかったって思っているよ」  その一度を背負う勇気が、若い頃のトーマにはなかったんだろう。   「リンは……ルナの弟だけど、ルナが出ていった後はずっと俺を支えてくれていたんだ。落ち込む俺に耳当たりの良い言葉を言ってくれて、ルカがルナに連れ去られた時も間に入って連れ帰ってきてくれたから、信用していたんだ」 「そう……なんですね」  

ともだちにシェアしよう!