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第2話 聖騎士がこんな世話焼きとは聞いてない

 眩しさに眉を顰めながら瞼を押し上げると、新緑のような明るい色の天井が見えた。  周囲を囲む壁はいつもの湿気て黴びた木の壁ではなく、天井と同じ柔らかな色合いだった。  オレは毎朝、薄汚れた床に頬を擦り付けながら起きるのに。柔らかい枕に埋もれて目覚めるなんて、どういうことだ?  ……どこだ、ここ。  一瞬記憶が繋がらず、まだ夢の中か、まさか死んだのかと訝しむ。 「……ッ」  視線を巡らせようとして全身に痛みが走り、小さく呻いた。でもそのおかげで生きていることを自覚する。殴られた痛みと、介抱されたことまで続けて思い出した。  あの草むらに倒れていたときほどの痛みではないが、痛みを消すとかいう治癒魔法が切れてやがる。  もともと動かなかった右腕は添え木をつけられガチガチに包帯で巻かれていた。  これではまったく動かせないが、骨折だって怪我したまま放置すれば壊死して切断もあり得る。まだ腕がついてるだけましと思うしかない。  折れた骨はくっついたと聞いた気がするが、骨折が一日で治るなんてとんでもないことだ。  治癒魔法はそもそも神殿にとんでもない額の献金をしてかけてもらえる『奇跡』だった。それを見ず知らずの行き倒れに惜しげもなく使う、あの男がイカレてるんだ。  視線だけ忙しなく動かしてみるが、顔にも包帯が巻かれているせいで視界が狭い。  見える範囲にある物は強い太陽の光が差し込む両開きの窓と、アイボリーのカーテン、自分の寝ているベッド、柔らかい枕、水差しの置かれた小さなテーブルくらいだった。 「……ぁ、……」  水を見たら急に喉の乾きを思い出した。喉がカラカラで、口の中が張りつくようでとにかく水が欲しかった。  左手を伸ばして水差しを取ろうとするが、遠くて届かない。 「クソ……ッ」  小さく舌打ちをして身体をそちらに動かしてみるが、背にビリビリとした痛みが走った。呻きながらシーツの上で左手を握り込む。必死に動いたつもりだったが、包帯の巻かれた身体はほんの少ししか移動していなかった。  ふいに、部屋の外から足音が聞こえてきた。  カツ、カツ、カツ、と規則正しい音だったのが急に間隔が短くなりはじめ、最後は走るような速度になってこの部屋の扉の前で止まる。そして勢いよく両開きのドアが開け放たれた。 「ああ、起きたのか。良かった……!」 「……」  入ってきたのは輝くような光を纏ったライオネルだった。窓から差し込む光に銀髪が煌めいて、そんな風に見えたのかもしれない。  しかもそのアイスブルーの瞳は歓喜に輝いていて、思わず引いてしまうような有様だった。  包帯の隙間の狭い視界で目をこらすと、今日のライオネルは貴族令息のような服装をしている。柔らかなドレープの白いシャツと黒いスラックスだ。騎士団の鎧姿しか見ていなかったから違和感が半端ない。  足音から、予想はしていた相手だった。しかしその満面の笑みはいただけない。喜びをあふれさせている様子が余計に眩しくてオレは目を眇めた。  ……こいつ、貴族の屋敷にいる毛並みの良い大型犬みたいだ。  暗殺の仕事で貴族の家に行くと、飼い犬が家の中で飼われていることがある。こちらを敵だと思わない間は人なつっこく上品な犬が多いが、ひと度番犬として目覚めると牙を剥き、扱いが面倒になるのだ。  ライオネルも、同じだろう。オレが悪党の闇魔術師と知れば、その瞳は冷徹な色に変わり殺意を映してオレに襲いかかってくるに違いない。  ゾッと背筋が寒くなり、オレは身を固くして警戒の姿勢をとった。 「本当に良かった。……水が必要か? 今持っていく」  ライオネルはベッドに近寄ってきて水差しを取ると、吸い飲みに移してからベッドに近寄った。ぐん、といきなり綺麗な顔が近づいてきて心臓が跳ねる。さらさらとした銀髪が頬に触れそうなほど、近くにあった。  オレの包帯が顔まで巻かれていて表情が見えなくて助かった。  ……ライオネルはオレの頭を起こそうとしただけだ、おちつけ。  そう自分に言い聞かせ、バクバクと跳ねた鼓動を何とか鎮めようと努力する。  後頭部を少し持ち上げられ、ガラスの吸い口が唇に触れた。そこまでは良かったが、一気に傾けるので当然オレの口からは水があふれた。 「……っ、ぐ、……ゲホッ」 「あっ、す、すまない。なにか拭く物を……」 「坊ちゃん、こちらへお貸しください。慣れないことはするものではないですよ」  スッとライオネルの後ろから布巾が突き出てきて、誰かが咽せたオレの口元を拭ってくれる。  ライオネルの後ろから黒髪の男が顔を出した。いつの間に入ってきたのか、その男は吸い飲みを奪うと、オレの側に顔を近づけてくる。  背を支えられ身体全体を起こし、クッションを背にぎゅうぎゅう押し込まれた。それに寄りかかって身体を起こすとだいぶ楽だ。 「まだ水は必要ですか。お手伝いをさせて頂きたいのですが」 「……」  こく、と頷いて見せると吸い飲みの先端がオレの唇に当てられた。ポタポタ、と滴るくらいの速度で与えられる水を貪るように飲む。  息をするように口を開けたら一度吸い口が離れ、オレが細い息を吐くとまた添えられた。なるほど、ライオネルがやるよりずっと飲みやすい。  視界の端では隻眼の男がずっとこちらを凝視しているが、無視だ。お前が下手だからいけないんだろうが。  要らない、と首を横に振るまで黒髪の男はオレに水を飲ませてくれた。  ようやく人心地ついて視線を上げると、しょげたような表情のライオネルがベッド脇に立ち尽くしている。自分がやりたかったのか、名残惜しそうに吸い飲みを見てるがオレはもう水は必要ないからな。 「……」 「あっ……」  ふい、と目を逸らして左手で布団を引き上げる。ライオネルがなぜか声を上げたが無視した。  オレは顔を隠すように柔らかい布団の中に潜り込む。ベッドの両側に長身の男が立っていると威圧感があった。回復すればさっさと出ていくのだし、顔はなるべく合わせないほうが良いだろう。 「坊ちゃん。三日も寝込んだ方にまだ会話は難しいでしょう。眠らせてください」 「……ああ、わかった」 「坊ちゃん?」 「ここにいるくらい良いだろう? 無理に起こしたりしない」  ガタガタとベッド脇に椅子を持ってきて座る気配がした。思わず布団の中で顔を顰める。  そこでずっと監視してるつもりかよ!  オレの内心の悲鳴も知らず、黒髪の男の小さなため息が聞こえ、彼はライオネルを置いて部屋から出て行ったようだ。  ちょっと待て、連れてってやってくれ。  ライオネルがまた立ったり座ったりする音が聞こえる。その気配はどうにもソワソワとしていて落ち着かない。  ――不意に、オレの被っていた上掛けに大きな手が乗せられた。  布団を引き剥がされるのかと思い、ギクリと全身が緊張した。まさかバレたのでは、とギュッと目を瞑った瞬間に温かい魔力が流れ込んできて、全身の痛みがやわらいだ。  あの痛みを消す魔法だった。  ライオネルの手は、ポン、ポン、と軽く動いて振動を響かせるとすぐに離れていく。  なんだ、これをかけようとして近くをうろついてたのか。  礼を言う気にはなれず、オレは息を殺して布団の中で丸まっていた。こういう態度なら愛想を尽かすのも早いかもしれない。  明日家から放り出されても構わないだろう。もう命の危険は去っているようだから、なんとでもなる。  オレは何度だって、一人で生き残ってきたんだから…… 「……」  ライオネルは再びベッド脇の椅子に座り、何か本でも見ているようだ。ページをめくる小さな音がしている。  同じ部屋の中にこいつがいるなんて、寝難いに決まっている。こんな状態で安心して寝られるものか。  ……バクバクとうるさい心臓を抱えつつそう思っていたオレは、それでも疲労と眠気には逆らえず、ウトウトと瞼を落してしまった。  正直、オレは甘かったんだ。……予想以上に体力が落ちていた。  意識を強く保とうとするたびに、身体の力が抜けて寝具に身体が沈んでしまう。  ゼファーが死んでから数ヶ月、ろくな食べ物を口にしていなかったせいか。それとも眠る時間のほとんどを殴られた傷の回復に費やしていたからか。とにかく誤算だった。  そしてなにより予想外で最悪だったのが、あの聖騎士サマのご登場だ。まさかあいつに拾われるとは、本当についてない。  ライオネル・ヴァンフォーレとは『夜の牙』での仕事の関係で何度か顔を合わせている、因縁の相手だった。  向こうは悪党を捕まえる騎士団、こっちは暗殺を生業とする組織だ、どういう関係かは言うまでもないだろう。  仕事の最中、オレたちは黒い覆面をしているから、ライオネルはこちらの顔を知らない。でもオレたちからは、白銀の鎧に身を包んだライオネルの姿が網膜に焼き付くくらい鮮明に見えていた。 『君は、まだ子供だろう! そんなところで何をしている!』  鉱山を出てゼファーと共に仕事を始めた最初の頃、まだ副団長にもなってないライオネルがオレを見つけてそう怒鳴った。  ハッキリ言って、呆れた。他の奴らより二回りくらい小さいオレの身体を見てそう言ったのだろうが、だからどうした、と思った。子供だろうが大人だろうが、腹は減るし金は要るし、悪事にも手を染める。  この騎士サマはそんなことも解らないらしい。 『うるせぇ! ガキだって立派な悪党になれんだよ!』  ポカンとしたライオネルのバカ面を見てオレは笑った。闇魔法を使って姿を隠し無事に逃走した後は、ゼファーが大笑いしてオレの頭をぐりぐり撫でた。  啖呵(たんか)を切ったのはライオネルにむかついただけで、別に強い信念があるとかじゃなかったから、少し居心地が悪かった。  それから、だ。ライオネルは『夜の牙』が関わる事件には何でもかんでも首を突っ込んでくるようになった。  そして他より小さくて目立つオレを見つけると目の敵にしてきた。騎士団の他の奴らにも、魔法を使って補助をしているのがオレだとバレたらしく集中攻撃を受けることも多くなった。  それも、捕縛を目的とした攻撃ばかりだ。きっとオレの魔法の腕が子どもにしちゃ珍しかったんだろう。  捕まったら何に利用されるのか解ったもんじゃない。  ゼファーはすぐにそれに気付いてオレを表に出さないようにしたが、どうしても出て行かざるを得ない仕事もあって、その度にライオネルはオレを捕まえようとした。  不毛な追いかけっこは毎回闇魔法で姿を眩ますオレの連戦連勝だった。  ライオネルはなぜオレを執拗に追い回してくるのか。  ……その疑問は、酒場の噂を耳にしたとき解決した。 『おい、また逃がしたらしいぞ』 『聖騎士様も名折れだなァ』 『陛下から何度も叱責を受けてるって話だ』 『宰相や公爵様たちもこぞってだろうよ。何せ陛下のお気に入りだ、今のうちに追い落としておけってことだろ……』  どうやらあの男はオレに逃げられるたび王に叱責され、他の貴族たちからも役立たずの汚名を着せられているらしい。  どこまで本当か知らないが、騎士の名誉がかかっているとなれば必死にもなるかと妙に納得してしまった。  聖騎士ライオネル・ヴァンフォーレが悪党のオレに執着する理由、そんなもの解ってしまえば呆気なかった。  クソほど軽い、メンツを守るってだけのこだわりだ。  オレは少しだけ落胆して、でもそう感じた自分に疑問が残って、このことにはフタをすることにした。  ……そして、あの事件が起きた。  ライオネルの右目はオレのせいで矢に貫かれ、眼帯をするようになった。奴はその時の怪我が原因で騎士団を止めたらしい。  酒場でその噂を聞いたとき既にゼファーは組織にいなかった。  オレは他のことで手一杯で、面倒がひとつなくなって良かったなと虚ろに笑っただけだった。       ‡ 「……!」  次に目覚めたときには、窓の外が真っ暗になっていた。魔道具の灯りが弱く室内を照らしていて何か食欲をそそるいい匂いがする。  ごそごそと布団から顔を出すと、ライオネルがカトラリーを手に食事をしているところだった。  小さなテーブルに皿をひとつ置いて、優雅に食事をしている……と思ったがその皿の上が異様だった。  前菜からメイン、デザートまであらゆる料理を一緒に盛り付けさせたらしく、皿の上は残飯より酷い有様だ。  料理人が見たらむせび泣きそうなことしやがる。  他人事のはずなのに同情してしまった。  でも、そんな状態にも関わらずライオネルは優美さを失わない。フォークを持つ手の曲線、淡い光に照らされる横顔、アイスブルーの瞳に影を落す銀色の睫毛……どこを切り取っても絵画のようだ。  いや、このままの光景を書き写すことができる画家がいたら、どこの貴族も引っ切りなしにこの絵を注文するだろう。まるで神殿のような清廉な空気が流れているように感じた。  ……一瞬、時が止まっているような錯覚に陥る。  しかしすぐにその空間は破られた。 「起きたのか。腹は空いてないか? 君の分の粥もあるんだが」  話しかけられてハッと我に返る。  なんだ、寝ぼけていたのかオレは? ライオネルの美貌に見惚れるなんて、怪我ついでに頭までおかしくなったのか。 「……」 「いまスプーンを持ってくるから……」  近づいてきたライオネルを警戒して、慌てて布団の中に潜り込む。  しかし腹は減っている。さきほど水を飲んだときよりだいぶ体調もよくなっている気がした。  経験上、切り傷より殴られて動けなくなったあとは痛む期間が長い。いつも自然治癒だったから、殴られ慣れ過ぎて回復までの期間を目算するのが得意になっていた。治癒魔法ってのは、その常識を軽く飛び越えてしまう『奇跡』なのだと実感する。  痛みを消す魔法はかけ直さないといけないってのが面倒だが、このぶんならそうかからずに出ていけるだろう。 「いらねぇ」 「しかし……何か食べたほうがいい」 「じゃあそこに置いて、失せろ」  まだ上手く動けない状態でこんな態度を取るのは、得策ではないとわかっている。  なるべくならライオネルに媚びて、拾われたことを感謝した風に見せかけて、怪我がある程度よくなるまで数日ここに隠れる方が絶対にいい。  そう頭ではわかっていても、どうしても無理だった。  オレがライオネルに媚びを売る?  男娼のようにしなをつくる自分を想像するだけで吐き気がした。それなら正体がバレて射殺しそうな目で見られるほうがマシだ。……いや、やらねぇけど。 「かわりにバージルを連れてくる。それなら食べるだろう?」  急に知らない名前が出てきて訝しんでいると、ライオネルの気配が部屋から消えた。  そろりと布団から顔を出し、テーブルに置かれたままの粥の皿に手を伸ばす。 「お待ち下さい。そのままでは零れます」 「……」  さっきの黒髪の男に声をかけられた。こいつがバージルだったのか。  ライオネルに呼ばれて慌てて来たらしく、扉を開けた格好で固まっている。  しかも片手にスプーンを持たされていて滑稽なことこの上ない。しかし仕事はきっちりやる性格なのか、ベッドの傍の椅子に腰掛け粥の皿を手に取った。 「満腹になりましたら首を振ってください。それでは、ひと匙はこのくらいで宜しいですか?」  スプーンに半分ほど掬われた粥を見てオレは頷いた。顔にも包帯が巻かれているから口が大きく開かないのを、この男はわかっているらしい。  やはりよく気のつく男だ。ライオネルが執事として雇っているんだろうか?  黒髪の男が運ぶ粥は火傷するほど熱くはなく、かといって冷めてもいない絶妙な温度だった。  バージルと呼ばれたこの男は黒いスラックスに白いシャツ、ベストというお仕着せのような服装をしている。金持ちのことはわからないが、おそらく執事か家令かそんなところだろう。  年齢は二十代後半くらいだろうか。黒髪は襟足短めにすっきりと切り揃えられていて清潔感があり、黒い瞳の目元は涼やかで切れ長だ。  肌の色が若干黄色みがかっているので、東方の異邦人の血が入っているのかもしれない。貴族の家の使用人なのだから身元のしっかりした商家の出か、はたまた没落した貴族か。  バージルからは育ちの良さが感じられた。間違っても、オレみたいな奴隷上がりの悪党を世話させる身分じゃない。  黙々と食べていた粥が、皿から半分ほど減ったあたりで満腹になってしまった。  ここしばらくまともな食事をしていなかったせいか量が食べられなくなっている。  しかし出された飯を残すなんてオレには考えられない。  次いつ食べられるかわからない生活が続いたせいで、食べられるときには吐く寸前まで食べるのが癖になっていた。  そのためオレは淡々と口を開けて粥を要求し続けた。大丈夫だ。これくらいの量なら問題なく食べられる。  そう思った矢先、唐突にスプーンが止まった。 「満腹でしたら首を振って下さい」  少し咎めるような口調に聞こえた。枕によりかかって少し起こしていた身体が、無意識にビクッと震える。  どうも満腹で飲み込みが遅くなっていたのがバレたらしく、バージルは無言でスプーンを置き皿を下げてしまった。  ああオレの飯が、と名残惜しく視線で追っていたらバージルにそっと顎を掴まれた。白い布巾で口元を拭われる。 「お客様、ここはライオネル・ヴァンフォーレ様が個人的に所有されているお屋敷でございます。坊ちゃんが貴方様を客人と仰る限り餓えることなく食事は提供されますし、誰からも痛めつけられることはございません。安心してお過ごしください」 「……」  その『坊ちゃん』がオレの正体に気付いたら、当然のように剣を向けてくるだろうしお前たちも一斉に襲いかかってくるんじゃないのか。  オレは嘲笑に見せるため歪んだ笑い方をしてそっぽを向いた。  そんな態度にもバージルは何も言わず、食器類を片付けて部屋を出て行った。 「『坊ちゃん』ねぇ……」  オレの知ってるライオネルといえば、騎士団の鎧を身につけ悪党を追いかけ回す聖騎士ライオネル・ヴァンフォーレだけだ。  民にとっては輝かしい白銀の副団長サマだが、あいつの執着は普通じゃなかった。噛み付いたら離さない川辺のワニみたいに、執拗にオレを狙ってきた陰険野郎だ。  それがこの屋敷じゃあ『坊ちゃん』なんだとよ。あいつ年齢いくつだっけか。十代じゃないと思うがあの呼び方、ガキの頃から変わってないんだろうな。  このおかしさを誰に伝えたらいいものか。ゼファーが生きていたら腹抱えて笑っただろうに、もうあのじじいは傍にいない。 「……」  はあ、とため息をついてオレは布団に横になった。  ――自分の立場を思い出せ。  そうやってくり返し刻み込んだ。そうしていないと勘違いをしてしまいそうだった。  ここへ来てから、ライオネルの態度は今まで見たことのない、不思議なものばかりだ。調子は狂うし居心地は悪いし最悪だ。  懐柔されてる場合じゃないだろ。早くここを出て、オレにとっての『普通の暮らし』に戻らなくては。毒されたら辛いのは自分だ。 「早く、治さないとな……」  悶々と悩んではいたが、幸い睡魔はすぐにやってきて、オレは身体の求める休息を素直に受け入れた。

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