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第4話 誰か一般常識から教えてくれ
「団長。陛下の隣はどうかとは思いますが、私もネロを座らせるのには賛成です。申し訳ないのですが怪我の治療が終わっていないので……」
そこに口を挟んできたのはライオネルだった。
オレにとっては助け船だ。あまりのことに思考が一瞬飛んでいたのかもしれない。
ホッとして、混乱していた気持ちをなんとか落ち着ける。一般市民どころか罪人のオレが、皇帝の隣になんぞ座れるものか。
「……治療が終わっていない、だと?」
騎士団長の視線が今度はライオネルに鋭く突き刺さった。ギロリと向けられた剣呑な光には、端で見ていたオレの心臓までギュッと縮み上がる。
やはり『なに言ってんだお前』と言っているように聞こえた。
人の上に立つ男は言葉の外で会話できるのか、すごいな。
急にスッと立ち上がった騎士団長は、ガゼボから出てオレに歩み寄ってきた。
え、オレか? ライオネルじゃなくて?
ずんずんと近づくごとにオレの視線は天を向くように移動していき……その背の高さに圧倒された。
いや、まて、予想以上にデカいな?
「……ッ」
思わず、見上げたまま息を呑んで硬直してしまった。
大きいと思ってしたライオネルでもオレより頭ひとつ分は高いのに、騎士団長はさらにその上をいく。そして頭の位置が高いだけでなく、身体の厚みもあった。
もはや熊か? と思うような貫禄だった。いや、容姿は渋めの美丈夫だから熊は失礼か。虎か豹あたりにしておこう。
「これを飲むといい」
首が痛くなるような角度で見上げていたオレに、騎士団長は青い小瓶を手渡してきた。唯一動く左手でその瓶を受け取り、まじまじと見つめる。
「最上級回復薬だ。これで折れた骨もつく」
「は、え……?」
最上級回復薬?
クソ難しい試験に受かった宮廷錬金術師が、年に三本とかしか作れない高級品じゃなかったか? その材料も稀少で薬草の葉一枚が金貨と取引されるとか聞いてるが? しかも死んでさえいなければ欠損でもなんでも治してしまうって噂の……。
目の前のこの青い瓶がその最上級回復薬だっていうのか、本当に?
唖然として声を失っていたオレに、騎士団長はぬっと手を伸ばしてきた。
え、ごめんやっぱ返せってことか? と思って瓶を片手で捧げ持ったが違った。騎士団長の丸太のような腕がそっとオレの身体を掬い上げて、子供のように縦抱きにする。
地面から持ち上げられ、団長の腕に座らされたままスタスタと運ばれていくんだが……え、なんだこれ。どういうことだ?
オイオイ助けろ、とライオネルを見ると向こうも焦ったようにこちらに手を伸ばしかけている。ただ、騎士団長の圧が強くて近寄れないみたいだ。
どうなるんだオレは、と冷や汗が吹き出した。
借りてきた猫のように動けずにいたら、ガゼボに戻った騎士団長はオレを自分のとなりに座らせた。
「まずは、傷を治せ」
「は、……い」
有無を言わせない騎士団長の圧に負け、さっさと瓶を開けて中身をあおる。
後ろで『あっ』と小さく声を上がった。口元を押さえているライオネルをチラと横目で見る。焦った様子で視線を彷徨わせているが、そんな高いモノもったいないから飲ませるなってことか?
残念、もう空だ。
「ええと、ネロ君? でいいのかな。私は皇帝のレイニールだ。そちらは騎士団長のジェラルド。さて、傷はどうかな?」
飲んだ薬のせいか、全身に力が戻ってくる感じがした。
ここまで歩いてきた疲労も消えているし、確実に落ちていた体力がゼファーのいた頃に戻ったような感覚がある。
添え木と包帯を外してみたが問題なく腕も動くし、手のひらを開いたり閉じたりしても支障はなかった。一応礼儀として、袖を通していなかった上着をきっちりと着込み、顔の包帯も外していく。
ようやくホッと安堵の息をついて立ち上がり、礼をした。
相手はそれを見て微笑み、座るように促してきた。促されるまま席に着いたオレの頭をポンポンと大きな手で撫でてくる。まるで親戚の子にでもするような気安い態度だ。
皇帝陛下なんだよな?
「包帯はない方が良いね。予想以上に可愛い顔だ。ゼフィールは面食いだからなあ」
「――はい?」
「陛下」
また険しい顔をした騎士団長が低い声を絞り出した。
……だから、何なんだよあんたらはさ。
傷が治ったのはいいが話にまったくついていけない。皇帝の気安い態度にも驚くがこの騎士団長はこんな怖い顔を君主に向けていいんだろうか。
助けを求めるようにライオネルに視線を移すと、申し訳なさそうにこちらをチラチラと見ていた。
屋敷では用心して顔の包帯は自力で替えていたが、素顔を晒してもライオネルがオレに気づく様子はない。
そもそも暗殺者として活動している『夜の牙』は顔の下半分を覆面で活動している。それで思い至らないのだろう。
もう騎士団の活動も止めたライオネルにとっては、姿を消した『悪党』よりも、保護した『ネロ』のほうが印象深いのかもしれない。
「……ネロ、あの」
何か言いたげにしていたライオネルがようやく口を開いた。
しかしそうやって言いかけておいて、オレが視線で促すとブンブンと慌てて首を橫に振る。
さっきからこいつ、ずいぶんと挙動不審だな。
いい加減焦れたオレの苛立ちの視線から逃れるように、ライオネルは皇帝の方へ視線を移した。
「また後で話すよ、ネロ。……ひとまず陛下の依頼から」
「ああ、忘れるところだった。闇魔法の使い手を呼んだのはこれを開けて欲しいからなんだ」
ガゼボの中に入っても、ライオネルは立ったまま皇帝の側に控えていた。そこが定位置なのか、この場でライオネルに席を勧める者はいないようだ。
位置が変なのはオレだよ。なんでお偉いさんと一緒に座ってんだ。平民は床じゃないのか?
むずむずと居心地の悪い感覚に苛まれていると、目の前のテーブルに女性の手の平サイズの宝石箱が置かれた。
「この宝石箱だよ。お祖母様が稀少な闇魔法の使い手でね、この宝石箱に開かないよう封をしたまま亡くなってしまったんだ。闇魔法にそういう封印みたいなものはあるのかい?」
その宝石箱は、よく見ると繊細な金細工だった。気が遠くなるような精密さできていて、幾人もの職人の技の結晶なのがすぐにわかる。
組織ではたまに盗品も扱うから、オレの目も少しばかり肥えていた。
この箱は小さいのに迫力があって、ゾッとするほどの品だ。売ると足がつくから絶対に手を出してはいけない部類の宝だった。
「闇魔法に封印と類するものはありません。ただし結界ならあります。この箱の中に小さな結界を張り中の空間を他人には認知できないようにしてしまうものです。……陛下は先程『開かないように封をした』と仰いましたが、それはオレを試す『嘘』ですよね?」
オレの胡乱げな視線を受けても、皇帝は相変わらず楽しそうに笑っている。そして「なるほど」とひとつ頷いてその宝石箱を手に取った。
そして――パカリ、と蓋を開けてしまう。
あっさりと開いたそこには、えんじ色のベルベットが敷かれているだけで中身は空だ。でもオレにはわずかな空間の歪みが見えていた。これが闇魔法の結界で断絶された空間で、今は中身が認知できないようになっている。
コト、と宝石箱が再びテーブルの上に置かれた。
「話を合わせてくるだけの詐欺師に何度か会ったからね、少しだけ試させてもらったんだ。君は察しが良くて助かるなあ。……で、これは解けそうかな?」
「……」
オレはテーブルに手をついて、じっとその箱を見つめた。
座っていた席からおりて床に膝をつき、ジロジロとあらゆる方向から宝石箱を眺める。破損が怖くて触れないが、まあ見るだけでわかった。
かかっている結界そのものはとくに複雑なものではなさそうだ。一定の魔力を注ぎ結界を中和して吸い取れば、簡単に解くことができるだろう。
ただ、こうして結界をかけた闇魔法の使い手に興味が湧いた。なんでこんなことしたのか、何のために必要だったのかと。
「陛下にひとつ質問をしてもよろしいですか」
「なんだい?」
「オレ以外の闇魔術師には依頼をかけてみましたか」
問いかけると、三人がそれぞれ変な顔をした。皇帝は困惑したように眉を寄せ、騎士団長は目を逸らし、ライオネルは何故か納得したように笑っている。
その中で一番最初に口を開いたのはやはり皇帝陛下だった。
「先程、お祖母様は稀少な闇魔法の使い手だった、と言っただろう。最近帝国では闇魔法の適正を持つ者はほとんど見つからないんだ。神殿での属性判定では、多い順から光、火、水、土、風、となる。闇属性はここ三十年あまり、一人も見つかっていない。しかも前の闇属性の魔法使いは複数属性持ちでね、『闇魔法は無理』と断られてしまって」
「属性判定って何ですか?」
オレが不思議に思って問いかけると、皇帝は一瞬だけ言葉に詰まった。
「……言葉通り、神殿がその人物の魔力属性を調べる儀式だ。属性判定は国民の義務のはずだが、君は六歳のとき受けなかったのだね?」
「五歳で奴隷になって、鉱山労働していたので受けていません」
「!!」
なにに驚いたのか騎士団長がバッとこちらを振り向く。
いや、形相が怖いからそっちを向けないんだが。圧をかけるのもやめてくれ頼むから。
「ではネロ君はどうやって闇魔法を習ったんだい?」
「たまたま変なじじいに声をかけられて、お前は闇魔法が使えそう、って言われて基礎を教えられただけです」
しん……と全員が黙ってしまった。
この沈黙を破れるのはオレだけのような気がしたので、さっさと宝石箱の結界を解いてしまうことにした。
深く考えても仕方ない。これは仕事だ。この場所でオレにしかできないなら、やらなきゃ帰してもらえないだろう。
相手は帝国の最高権力者だ、逆らうだけ無駄と思うことにした。
「まあオレのことはどうでもいいんで。ではご指示通り解きますが、解いた後のことは責任持てませんのであしからず。……はい、解けましたよ」
黒い煙をぷすぷすと吐く宝石箱から手を引くと、オレの手にくっついて黒い煙が抜けていく。それが全てオレの手の中に収まりきったとき、宝石箱の中身が変わっていた。
「……カギ? しかないですね」
宝石箱を覗き込んでオレは首を傾げた。なんか宝物っぽくないな。古代魔道具 くらい出てくるかと思ったのに。
えんじ色のベルベットはそのままで、斜めに立て掛けるように古びた金色のカギが納められていた。どこの鍵かは何にもわからない。オレは真っ先に宝石箱から視線を上げて周囲を見回した。
これを見つけるまでが仕事で、その先はオレの領域じゃない気がする。もう帰っていいか?
「驚いたな。いとも簡単に解くものだ……」
皇帝陛下は壊れ物を扱うように金色のカギを拾い上げた。
「結界自体はそれほど複雑なものではありません。ただ、闇魔法使いが現れるまで解けないようにする、ということは秘密にしたいことなんでしょう。……恐らく目的は『叡智』の継承かと」
「お祖母様は確かに闇魔法の研究をしていたというが」
「ではその研究資料などが詰められた箱か棚か、そういうもののカギでは? オレに闇魔法を教えた男から、魔法というのは師匠から弟子へ『叡智』が受け継がれていくものだと聞きました」
失われつつあるという闇魔法の資料が手に入って良かったじゃないか。さて、これでオレの仕事は終わりだと立ち上がったら、横にいた騎士団長に押し留められた。
彼はテーブルにあった皿を素早くオレの前に置いて、次々に料理を取り分けていく。
キッシュや砂糖のかかったパン、豆と肉の煮たものや、カットされたフルーツ、焼き菓子など……それらは皿にどんどん追加されていった。
「食べていけ」
「いえ、昼食は既に……」
「細い。病み上がりだとしても信じられん。ライオネルは何をしていた。この骨と皮だけの手首など枯れ木のように折れそうだ。……四の五の言わず食え」
真横からの熊並の圧が強くて、「ひっ」と思わず情けない悲鳴が漏れそうになった。
あまりにも情けないので悲鳴は喉で止めた。……しかしもう、皿に手を伸ばすしか道がない。
フォークを手にしてもそもそと料理を口に運ぶ。高貴な食べ物は味も繊細すぎてよくわからなかった。
「団長、ネロはまだ粥から始めているところです。あまり肉とか脂の多いものは……」
「身体は肉を得てこそ強くなるのだ。穀物で腹は膨れるが肉はつかん」
なぜかオレの頭の上でライオネルとジェラルド騎士団長が言い合いを始めてしまった。
なんなんだよこいつら。
半眼になりつつ謎の葉っぱをもそもそと口に運んでいたら、横からオレの皿に四角いパイが置かれる。指でつまめそうな大きさの、ベリーの乗った甘そうなパイだ。
置いたのは、すぐ隣まできていた皇帝陛下だった。にこにこしながら席を移動してオレの食事を監視している。
アンタもオレにメシを食えってか。はいはい、大人しく食いますよ。
「お祖母様の書斎は調べ尽したつもりでいたが、もう一度さらってみよう。実は闇魔法の使い手が減る原因についても、長年の研究課題なんだ。新しい見解がみつかるといいんだが。……ところでネロ君、お祖母様の残した魔術書とか興味ないかな?」
ぴく、とうっかり反応してしまったのを、さすがの皇帝陛下は見逃さなかった。
気まずくて目を逸らしたオレが口を開くと、そこに小さいパイを押し込んで喋らせない。
仕方なく、そのパイを落とさないよう口の中に押し込んだ。口に入った食べ物を、食べないという選択肢がオレにはなかった。
「君のような闇魔法の使い手はとても貴重だし、当然魔術書も出回っていない。特例の通行証をあげるから皇宮にいつでも読みに来るといい」
「むぐっ……ンン」
そろそろ王都を出るつもりだったオレにそんなこと言われてもな。いや、でも新しい魔法は学びたい。魔術書ってのは、魔術師にとって喉から手が出るほど欲しい宝なんだ。
しかしその欲を何とか押し留めてオレは顔を上げた。
口に入れられたパイは林檎が入っていて甘かった。もぐもぐ食べきって飲み込んでから、やんわりと皇帝陛下の手から逃れる。
「お気持ちは有り難いですが、傷も治りましたしオレは行くところがあるので……」
そう言いながらチラとライオネルに視線を向けると、眉を顰めてこちらを見つめていた。
彼にいつもの笑みがないだけで、明確に『敵』だったときの聖騎士の表情と重なる。
不意に、背を冷や汗が流れた。
こいつのそばにいる限り、オレは脅かされ続ける。運悪く勘づかれる前に、早急に王都を離れた方がいいに決まっていた。
暗殺集団と騎士団、この二つの勢力から睨まれてるオレはこの国に居座るべきじゃないのは確かだ。
「ライオネル、それが原因か……」
「ッ! ……だ、団長?」
不意に口を開いたのはライオネルとやりあっていたはずのジェラルドだった。
その様子にハッとしたライオネルはオレから視線を外し、焦った表情でジェラルドの上着を掴む。
しかし当の騎士団長サマはそんなこと気にする様子もなく皇帝陛下に向き直った。
「陛下、三十年ぶりに発見された闇魔法の使い手ですから、彼は皇宮での保護が妥当かと」
「……はっ?」
とんでもないことを言い出したジェラルドに、オレは悲鳴みたいな裏返った声を上げた。
ものに動じない熊男はさらにオレの肩に手を置き、言い含めるようにしてくる。
「いいかネロ、怪我の状態などからも君が追われているのはわかる。一日も早く遠くまで逃げたいのだろう。もともと傷がよくなったらライオネルの屋敷を出るつもりだったのだな?」
ただでさえ威圧感のあるジェラルドにぐいぐい詰め寄られてオレは後退した。
しかしすぐ隣に皇帝陛下が移動してきているので身動きがとれない。
……こいつら完全に退路を断つつもりだな。
問いかけてきておいて返事は期待していないのか、ジェラルドは呆れた顔でライオネルに視線を移した。
「このライオネルがわざわざ傷を『癒さず』に屋敷に留め置いていたのだから、そういうことだろう。先程は褒められたことではないと思っていたが理由があるなら仕方がない」
「癒さず……?」
思わずその部分に反応してしまったオレは、首を傾げた。
治療は受けていたし傷の治りもいつもより早いのだが。痛みを消す魔法のせいで通常よりは遅いらしいが、自然治癒よりはずっと良い。
そう思っての視線だったが、ジェラルドは小さくため息をついてライオネルを顎でしゃくった。
「なぜライオネルが『聖騎士』と呼ばれているか知らぬわけではないだろう。こいつは加護のおかげで大神官と同等以上の治癒魔法が使えるんだ。それで目を射られようが腕を切り落とされようが戦場から生きて帰ってくる。……この歳で副団長なんぞやらせているのはそれが理由だ」
「団長、私はもう副団長では……」
「お前は黙っていろ」
ピシャリとジェラルドに言い切られてライオネルが口を噤んだ。
――つまり、ライオネルはオレが逃げる気満々なのを察して治癒魔法を弱めて使い、まだ怪我人だと言い聞かせて屋敷に留め置いていたということか。
……へぇ? なるほどね。
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