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第8話 同じ穴のムジナ
闇魔法を解除したあとは、いつもの地獄だった。
カキアはオレを、『兄弟』だと説明して共に衛兵の詰め所へと引きずって行った。ライオネルは難色を示して眉を顰めたが、結局は衛兵たちの仕事を優先させるしかなかった。
それに運ばれた爺さんのことも気になったんだろう、ライオネルの意識はそれで少しの間オレからそれていた。
その時を待っていたオレは、事情聴取のために入った詰め所の中で闇魔法を放った。衛兵たちは一瞬で意識を混濁させ、『時戻し』を使って自分とカキアだけが動けるようにして、急いでその場から逃げた。
詰め所の扉はきっちりと閉めておいて、事情聴取がされているように見せかけておく。これで時間が稼げるはずだ。
「ハッ、間抜けな奴らだ!」
何にもしてないクセに高笑いしてるカキアを急がせて、物陰に隠れてから『時戻し』を解除した。続けて『隠蔽』と『幻惑』を使い、人混みに紛れて神殿から離れる。
魔法の連続掛けばかりしているせいで消費が激しく、黒かったオレの髪はまだらに赤く染まっていた。
それだけでなく、人気のない路地裏まで来るとカキアはオレを振り返り、唐突に腹に拳をめり込ませてきた。
「ッ……!」
ドッ、と重い音がして、衝撃のままその場に蹲る。
理不尽な暴力にももう慣れた。顔を顰め奥歯を噛み締めていると、頭を踏みつけられ足先で転がされる。
そしてそのまま、荷物のように抱え上げられた。
「ったく、面倒かけさせやがって」
舌打ちしたカキアは迷いなく走り出す。王都にある組織の隠れ家に向かっているんだろう。
神殿前にいた他の連中もそこに集まっているはずだ。今はなんの仕事を請け負っているのか知らないが、オレがいないことで行き詰まっているのは明白だった。
「カキア! 大丈夫だったのか」
「当たり前だろうが! 俺がそう簡単に捕まるか!」
隠れ家に入ると、集まってきた連中が声をかけてきた。尊大な態度でカキアが返事しているが、いやいやお前一人じゃ普通に衛兵に捕まってただろと呆れたため息が漏れる。
「ん? そいつは……もしかしてネロか!」
「そうだ。オイ、誰か縄持って来い! それと、犬には首輪だ。誰が飼い主か分からせてやらねぇとな!」
ザワッ、と周囲の連中に一瞬動揺が走った。
しかしカキアが再度怒鳴ったので縄や鎖、首輪が運ばれてくる。ものの数分でオレは縄で拘束され床に転がされていた。
当然ここにいる全員でまたオレを殴ったり蹴ったりして憂さ晴らしをするだろうと思ってたら、拘束されただけで放置だ。
向こうの机で作戦会議が始まっていた。
「下見はしてきた。明日決行するぞ!」
当のカキアは仲間にあれこれと指示を出していたが、オレには見向きもしなかった。不思議に思って辺りを窺っていると、コソコソと一人近づいてきた。
「水と食事を持ってきました」
自身の身体で作った影にオレを隠し、素早く乾燥したパンと水を口に含ませてくれる。
誰だコイツと思って睨みつけていたら、微妙に見覚えがあった。『夜の牙』の構成員として認識してたってくらいだが。
その男は苦笑してオレの耳元に顔を寄せた。
「ネロさんがいなくなってから、頭目は失敗続きです。当たり前ですよね、ネロさんの魔法がないんですから。みんな薄々そのことには気付いてましたが、こんなにはっきり結果に表れるとは誰も思ってなかったみたいで」
カキアは机に見取り図のようなものを出して、部下に仕事の説明をしている。その顔には若干の焦りがあるようにも見えた。
「後がないんです。次こそ成功しないと。だから今日はネロさんの体調を優先するはずです。絶対に殴られたりしません」
オレは白けた気分でその話を聞き流した。
既に腹を殴られて連れて来られてるんだが、あれはなんだ? 挨拶代わりに拳が出るのがもうクセなのかあいつは。
半眼になったオレの表情を見て、そいつは笑いを堪えるような顔をした。それからオレが身体の下敷きにしてた髪の束を丁寧に引き出すと、床にそっと置いて離れていった。
ああこいつ、思い出した。
オレが殴られたあと朝になると傷を拭いたり治療してくれてた奴だ。考えてみれば一番関わりがあった。こいつ、オレに触れてくる手が丁寧過ぎて、いつも不審に思っていたんだ。
「……」
床に転がったまま無言で様子を窺う。向こうではまだカキアがああだこうだと説明を続けていた。適当に聞いていたところ、今回の依頼は盗み出す物はなしで、純粋に暗殺依頼みたいだった。
標的はあの神殿の大神官で、アントンという七十歳超えた爺さんらしい。
随分と面倒な依頼を受けたものだ。
カキアはおそらく、爺ひとり殺すだけならラクな仕事だと思ったのだろうが、大神官が生活しているのはあの神殿の奥にある神官居住区だ。
そこに入るためにはいくつもの扉があって、警備も厳重で、かなり骨が折れる。ゼファーだったら「リスクのほうが高い」と受けなかった依頼だろう。
面倒なことにならなきゃ良いが。オレは床に転がったまま目を瞑った。
‡
翌日、日が暮れてからカキアたちは動き出した。オレを含め五人の覆面に『隠蔽』と『幻惑』の魔法をかけ、神殿に潜入する。
内部の見取り図を入手をしていて、潜入ルートだけはそこそこちゃんと調べてあったようだ。闇魔法の補助ありきだが上手く居住区まで入ることができた。
カキアも若干浮き立ったように先頭を走っている。
しかしオレにはどうにも違和感があった。
日が暮れた後の神殿内とはいえ静か過ぎやしないか。でも先頭のカキアはなにも思わないのか、見取り図上にある大神官の部屋へと辿りつき、扉を押し開けた。
「……!」
息を飲む気配がして、中に入ったカキアがその場で足を止めた。廊下でうろうろしているわけにもいかずオレたちも中に入ると、部屋の中は一面が真っ赤に染め上げられていた。
真ん中にぼろ切れみたいな死体がひとつ転がっている。
「誰か! 大神官様が! 賊に殺された!」
謀ったように誰かの叫ぶ声がした。
罠だなと舌打ちしたオレは考える間もなく『時戻し』を発動させた。窓を叩き割り、カキアを引っ張って外へ出る。しかしそこにもずらりと神官たちが囲んでいて、すべて避けて出るのは不可能にみえた。
「クソッ! カキア! 逃走ルートは!」
「こ、こっちだ!」
やっと我に返って動いたカキアの後に、全員が続く。『時戻し』を何度もかけ直したが何処へ逃げても衛兵や神官が押し寄せてきて埒が明かない。
逃走ルートが読まれているか逃げる隙もないほど人員が配置されているかのどちらかだ。
いっそどこか建物に隠れてやり過ごすのは、と考えて神官宿舎の壁に手を当てた瞬間、頭上からバサリと何か落ちてきた。
「なっ……!」
布のような物に視界を塞がれ焦っているうちに、同じように上から降り立った気配にぎゅうっと抱き締められる。
――その腕だけで、この心地好い熱がライオネルのものだとわかった。
ビクリと震えて動きを止めると、布越しに安堵のため息が聞こえる。こんな場所に不釣り合いな抱擁は、泣きたくなるくらい温かかった。
「なんだてめぇ!」
視界は塞がれたままだったが、焦ったカキアの声が聞こえる。
続いて、鋭く甲高い剣戟の音が響いた。ライオネルはオレを建物の壁に寄り添わせてから、ザリッと硬い地面に踏み込んだ。
被ったマントの隙間から火花を散らすような剣の応酬が垣間見える。
夜闇に白銀の髪を揺らしたライオネルが、四人の暗殺者相手に単身で戦っていた。
無茶だ、と思った。
いくらライオネルが強くてもカキアたちはそれなりに手練れで、四人いれば連係攻撃も仕掛けてくる。ひやりと心臓が縮み上がった気がして、オレは魔法を発動しようと手を伸ばした。
――でも、どっちに対してだ?
その一瞬の躊躇の間にライオネルの長剣がカキアの短刀を弾き落とす。
騎士にあるまじき鬼神のような荒々しい剣筋で、刃はカキアの手の平を貫いていた。後の三人も瞬く間に武器を落され腕を押さえている。
短剣が掠ったのか、ライオネルの眼帯が切られてオレの足元に落ちてきた。
「……えっ」
「ネロ、動かないでくれ。……誰か! 下手人はここだ! 四人全員いるぞ!」
先ほどの荒々しい大立ち回りとは打って変わった手つきで、ライオネルは再び俺をマントの上から包みこんだ。そしていつの間にかオレは逞しい腕に抱き上げられていた。
その間にカキアたちは捕縛されたようだ。ギャアギャアと口汚く罵る声が響いていた。
「四人で全員だと? そこにいるヤツが五人目だ!」
カキアはあくまでオレも道連れにする気らしく、大きな声で吠えた。ビク、と小さく震えたオレを支えるように大きな手がオレの背を軽く叩いた。大丈夫だ、と言うように抱き締められる。
「こちらはお前が拐かした私の客人だ」
「ふざけたこと抜かすな! そいつは元から俺たちの仲間だ!……知らねぇなら教えてやるよ、そいつがてめぇの片目を潰した『牙の闇魔術師』だぞ!」
マントを被ったままでも、ざわつく神官や衛兵たちの動揺が伝わってくる。
オレの心臓もバクバクと激しい鼓動を刻んでいた。
カキアの言葉で、おそらくライオネルの中の闇魔術師は繋がってしまっただろう。元はと言えば稀少な属性だというし、組織の頭目がそう言ってるのだ。
一番恐れていたことが、現実になってしまった。背に冷たい汗が流れる。
『いまだにお前を恨んでんだろ? どんな手の平返しするか見物だな!』
あの時カキアの放った言葉がいまさら重く胸に伸しかかってくる。
凍り付いたまま息を殺していたら、ライオネルの腕は変わらない力でオレの身体をぎゅっと抱き締めた。マントの隙間からライオネルの美しい口元だけが見える。
「貴様こそふざけたことを。なにを勘違いしている? 私の客人は城に招かれ、皇帝陛下の依頼を見事に完遂した実績のある魔術師だ。陛下から賜った特例通行札を見るか? これは彼がいつでも皇宮に出入りできるという証明だ」
ライオネルはオレを片腕に抱いたまま、その通行札というのを取り出して見せた。垣間見えたそれは金属でできていて、誰でも知ってる王家の紋章が刻まれている。
これにはさすがのカキアも一瞬言い淀んだが、馬鹿の一つ覚えのようにまた同じことを叫んだ。
「なっ、そいつは奴隷で! 暗殺組織の――!」
「これ以上彼を侮辱するなら、それは身元を保証した陛下への不敬罪にもなる。極刑は免れない。……そいつらを連れて行け!」
ライオネルはそれだけ指示すると、両腕でオレを抱き上げて建物の中に入った。
迷いのない歩みから目的の場所があるのだろうが、オレはずっと落ち着かず身を縮めていた。
なにから聞いたらいいのか、どう問い質したらいいのか、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
‡
「ここで休んでいてくれ。少し片付けてくる用事がある」
ライオネルがオレを下ろしたのは、神殿内にある貴族用の客間のようだった。信心深い貴族は数日祈祷のため泊まり込むこともあるらしいので、こんな部屋があるのだろう。ベッドに下ろされてマントが取り払われると、一日ぶりのライオネルがそこにいた。
戦闘があったせいか少し乱れた銀髪がはらりと肩におりている。
マントの影から垣間見たライオネルの剣技は素晴らしかった。
こいつ、オレを追い回していたときも、少し本気を出したらさっきのカキアみたいに腕を貫くとか……できたんじゃないのか。今更ながらそんな風に思った。手加減されていたなんて、知らなかった。
ライオネルは大人しい犬のように床に片膝を突いてこちらを見上げていた。オレはなんとか声を絞り出そうとして、掠れた声で問いかける。
「……気づいてたのか、オレの正体」
窓から差し込む月明かりでライオネルの銀髪は光を散らすように輝いていた。そしてアイスブルーの瞳と、眼帯が外れたもう片方は深い紫色に煌めいている。
もともとのライオネルの瞳は、こんな色じゃなかったはずだ。矢傷の後遺症なのか?
彼が怪我をしてからこちら側の目を見るのは初めてで、その不思議な色をまじまじと見つめてしまった。
「ああ、最初からだ。私は他人の魔力の属性が分かる。それが色として視界に入り込んでくるんだ。だからあの暗殺組織にいる君が、他とは違う紫紺の闇を纏っているのを知っていた。一度感知した後は、近くにいればその色に気付く。だから私は何度も何度も、君を追いかけた。……この目のおかげで、怪我をして倒れている君も見つけられて、本当に良かったと思っている」
ライオネルはオレの手を取って、その甲に額を押しつけ祈るように目を瞑った。
「始めは、こんな子どもが暗殺集団に利用されているなんて、と憤ったのがきっかけだ。でも……君は口は悪いしとても粗野なのに、暗殺対象以外の扱いは慈悲深いとも言えるほど優しかった。巻き込まれた使用人やスラムの子どもたちには、いまだに君を慕う者もいる」
彼が視線を上げると、アイスブルーと紫の左右違う輝きを帯びた瞳が、ひたとオレに向けられる。
ライオネルの言うことは、間違ってはいない。
オレは暗殺対象以外の一般人を殺すのが嫌で、何度もカキアとぶつかったことがある。
巻き込んで怪我をさせてしまったら介抱するし、暫くは傷が癒えるまで金や食べ物を差し入れたりもした。そいつらはオレを騎士団に売ったりはしなかったはずだが、調べようとすればどこからか噂は漏れたんだろう。
「それに気づいてから、私は――いつの間にか君から目が離せなくなっていた。臆することなく私に言い返した、君のあの鮮烈な印象を、ずっと忘れられなかった」
ギュッと手を握られると逃げ場を塞がれていくようで、その居心地の悪さに視線が揺らぐ。けれどライオネルはさらにオレを追いつめるように顔を近づけてきた。
「君にとってはあの組織が唯一の生きる場所だったんだろう。侮辱する気はなかったんだ、すまない。ただ……私は、どうしても君を保護したくて追いかけた。あんな場所で出会ったのでなかったら、今からでも私のもとで慈しんで育てたら、幸せにできるのにと勝手な想いを抱いた。話を聞いて欲しいと何度も君に声をかけたのはそのためだ」
逃げることなど不可能に感じる強い視線に、無意識に背が震えた。ライオネルに抱き締められたときに感じる温かさに似たものが、胸の中心にじわりと広がる。
「団長の言っていた通り私の治癒能力は高く、目を潰されたくらいなら死にはしない。だからあのとき、馬上で君は紫の影にしか見えなかったが、迫る危険から守りたくてこの身で受けた。……でもそのおかげで君は必死になって応急処置をしてくれて、私は君に嫌われていると思っていたから、とても嬉しかった」
手を握られ、その指先が僅かに震えていることに気がついた。ライオネルは、必死になって言葉を探しオレに訴えかけていた。
「あのとき、温かい君の手が触れてきて、私を気遣うネロの声を間近で聞いた。痛みなど忘れるほど、胸が苦しくなるくらいの幸福に包まれた。私が求めていたのは、君自身だったと気が付いたんだ」
魔力をほとんど使い尽したオレの髪は、赤色に染まっていた。その髪をひと房手に取ったライオネルは恭しくそこに口づける。
「もっともらしく保護などと、ただの口実だ。私に挑みかかってきた少年を忘れられなくて、目に焼き付いて離れなくて、ただ欲した。だからこの目には、君の闇魔法の残滓を取り込んである。君の残したぬくもりを忘れたくなかったから、ネロの色を貰ったんだ。……そしてこの目はより強く、ネロの魔力を感知するようになった」
騎士の誓いのような仕草に見惚れて動けなくなっていると、その手が今度はオレの顎の下をついと引き上げた。
「だから何度奪われようと、必ず探し出す。……私のこの片目はもう盲目で構わない。ネロだけを見つめる目になったんだ」
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