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 はだかのリュウ先輩を浴室へ入れて、湯船に浸からせた。あたたかいお湯に腰を下ろした瞬間、先輩は長いため息をつきながらずるずると沈んでいく。  そんな先輩の眉間のしわがようやく完全に伸ばされたのを横目に、はだかのアオくんは洗い場でシャワーを勢いよく出した。湯気が立ちのぼってどんどん空気も温まる。 「頭、出してください」  先輩は顔を上げて一拍黙った。そして素直に湯船の縁に寄りかかって、頭を床に向かって下げてくる。  シャワーをあてながら細い指先で頭皮を揉みほぐすと、先輩の肩がじわりと下がっていった。凝り固まっていたものが、指の下で少しずつほどけていく。 「……あー……」 「なにその声」 「やばい」 「なにが」 「やばいしか出ねえ……」  泡立てたシャンプーで丁寧に頭を洗ってやりながら、アオくんは思わず笑ってしまった。  こんなふうに無防備な先輩を見るのは、少し珍しい。  いつもなら平気そうな顔をして、疲れていても雑に笑って、少しくらい無理をしてでも立っているのに。今日は本当に限界なのだろう。  浴槽に湯をためていたのは正解だった。  気持ちよさそうに目を閉じている先輩を見ると胸がうずく。  先輩がお風呂、好きなの、知っていてよかった。  いつもしっかりひとりで立ってる人が、限界のときに自分のところに帰ってきてくれて、無条件に身を預けてくれている。それがどうしようもなくうれしい。 「身体はお風呂の中で洗ってあげます」  泡立てたスポンジを持ってアオくんも湯船へ入る。  狭い浴槽の中で、背中から先輩を抱えるような格好になった。濡れた肌同士が触れ合って、思ったより体温が近い。泡でやさしく肌を撫でていく。鎖骨、肩、腕。  先輩はそのまま、アオくんにもたれかかるように力を抜いた。重みが胸にかかる。   「気持ちいいですか?」  先輩の肩に顎を乗せるようにして聞くと、先輩は眠たそうな声で力無く笑った。 「あー……、やばいな……これ、やばい」  吐息に近い声は、ひとりごとみたいな重さでふわふわと浴室の湯気に溶けていく。 「やばい……まじで……」 「語彙どこ行ったんですか」 「こんなん、だめになる。やばい」 「だめになっていいですよ、今日くらいは」 「だめだそんなの……だめになる……」 「だから、語彙。……いいでしょ別に、きっと寝たら忘れます」  きっと朝には。    ねえ先輩、ぐっすり寝て起きたら、  いつもの “だめじゃない” リュウ先輩に元通りですよ。  だからいまは、だめになったって、いいです。  おれの前でくらい、いいじゃないですか。  アオくんは笑いながらお湯の中で、泡だらけの先輩をきゅっと抱きしめた。 「……なんなんだよおまえ……、嫁に来いや……」  半分寝かけている先輩の、肺から漏れ出たような声は湯気に混じって消えていった。  アオくんの目がぱちりと瞬く。 「なにそれ」 「……朝になったら忘れる……」 「自分で言うんだ」  くす、と喉の奥が笑った。  先輩はもう返事もしない。  お湯と眠気と疲労と、アオくんに融かされて、ぐずぐずにほどけてしまった。 ◇◇◇  お風呂を上がってからも、アオくんは甲斐甲斐しくリュウ先輩の世話を焼いた。完全に楽しくなっている。  タオルで髪を拭いてやって、ドライヤーをかけて、歯ブラシに歯磨き粉をのせて持たせるところまでやる。半分寝ながら黙って従っている様はまるで子どもだった。  そして寝室まで連れていくと、先輩はとうとうベッドにばたりと倒れ込んだ。  真ん中に突っ伏して動かない先輩。  アオくんが、えい、と端の方に押しのけると素直にごろりと重たい身体を転がす。  布団をめくって先輩に掛けてやって、自分もその隣に潜り込む。  頭を抱き寄せると、黒い髪が鼻先に触れた。さっき乾かしたばかりの匂いがする。シャンプーの匂いと、風呂上がりの体温と、疲れ切った男のやけにゆっくりした呼吸。 「おやすみなさい、先輩。お疲れ様でした」 「……嫁に来いや……」  アオくんは小さく吹き出した。  その声に返事をする前に、先輩の息はすでに深くなっていた。背中に片腕が回ってきて、抱きつくみたいに引き寄せられる。  ぴったりくっついた体温があたたかい。  アオくんはその重みを受け止めながら、先輩の髪をそっと撫でた。  胸の奥が、じわりと温かくなる。  こういうときだけ素直なの、ずるいな、と思う。  もうぐっすり眠っている先輩。  それなのに腕だけは離さない。 「……ほんと、しょうがない人」  小さく呟いた。  腕の中の体温は重たくて、あたたかくて、安心する。  ひどく久しぶりの感覚だった。たったの数日、離れていただけなのに。  べつに、毎日一緒に寝てたわけでもないのに。  知っている体温、でもやけに懐かしく感じる。  おれだけかな。  おれの体温、先輩も、思い出してくれた?  安心してくれたのだろうか。  おれに甘えたこんな夜。  明日の朝になったら、きっと先輩は本当に半分くらい忘れていて、もう半分は適当にはぐらかして、照れ隠しみたいな顔をするのだろう。なかったことにしたい、みたいに。  ……まあ、それでも、いっか。  今夜、こんなふうに自分の腕の中でだめになってくれたのだから。  それだけで、充分だ。  アオくんは目を閉じて、もう一度先輩の黒髪を撫でた。少し湿った髪が指にからむ。さらさらと撫で続けて、さて自分も眠ろうかと息をついた。 ◇◇◇

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