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第5話
夏休みが明けると、すぐに文化祭の準備が始まった。始業式のHRで文化祭実行委員の選出が行われ、だれが推したか雪兎の名前が上がり、否定する間もなくあれよあれよと男子代表に決まってしまった。明らかに向いていないことはだれもが承知な上の選出なので、面倒ごとを押しつけられた形だろう。
女子代表は立候補者がいたのですんなりと決まり、HRはお開きになった。面倒なことになったなと思いながらのろのろと帰り支度をしていると、いつの間にかその子が目の前に立っていた。明るい髪色に短いスカート。薄く化粧をした顔ははっきりとした目鼻立ちをしている。どちらかというとクラスの中心人物で友達も多そうな印象だ。名前はなんだったか、すぐには思い出せない。
「よろしくね、香川。打ち合わせ明後日の放課後だって」
「うん、よろしく、」
「もしかしてわたしのこと怖がってる?」
揶揄するようににやりとそう笑われた。そんなことはけしてないのだが、少々の苦手意識は拭えない。そもそも、彼女と言葉を交わしたのは初めてなのに、急に距離を詰められても対応に困る。
「ごめん、人と話すの苦手で」
「そんな感じだよね。香川が誰かと話してるところ見たことないもん。さっきだって、面白がるにも程があるなって思って見てた」
「面白がる、って?」
「ええ、気づいてなかったの? だれもやりたくないから押しつけられたんだよ」
まぁそうだろうなとはわかっていたので反論はしなかった。もしかしたら彼女はそんな雪兎を慮って立候補してくれたのだろうか。そうでなければ女子の委員も、同じような経緯で大人しい子の名前が挙がったはずだ。
「みやびー! 帰ろー!」
呼びかけられた声に彼女が振り向いて、今行くと答えた。じゃあまた明日ね、と言われて頷くと、そうやって挨拶をされたのはいつぶりだろうと気づく。みやびは自分の机から鞄を手に取ると、待っていた友達と連れ立って教室を出ていった。なに話してたの? と問う会話が遠ざかっていく。
文化祭実行委員なんてと憂鬱になっていた気持ちが、ほんの少しだけ軽くなった。見た目に反してと言うのは失礼だが、みやびは思っていたよりもずっと話しやすくて安心する。彼女ならきっと雪兎が頼りなくとも、クラスを上手くまとめ上げてくれるだろう。
その予想通り、クラスの出し物を決めるHRはみやびのお陰で順調に進んだ。出し物は多数決でお化け屋敷に決まり、お化けの配役や準備の担当なども順々に決まっていく。雪兎は書記に徹するだけで特に出しゃばる必要もなく、彼女が同じ委員で本当によかったと思った。委員会の話し合いでも彼女がいるお陰でだいぶ居心地がよく積極的に発言しなくてもよかったし、人との係わりが多くなさそうな仕事を回してもらえた。クラスメイトとの係わり合い方を見ていても、彼女のコミュニケーション能力がいかに高いかがわかる。
文化祭実行委員会は週に数回会議が開かれ、放課後のこともあればお昼休みのこともあった。何度目かの会議で各クラスの出展内容が吟味され、雪兎のクラスは無事にお化け屋敷に決まった。他の学年のクラスも案に出していたのだが、そこはやはり三年生ということが優先される。大規模な出し物をする場合は広い特別教室などを貸りる申請も必要なのだが、そこはみやびが滞りなく通してくれた。
「問題なく決まってよかったね。もし落ちてたらみんなになんて言われるか」
「杵築 さんのお陰だよ。俺だけじゃどうにもできなかった」
「実はこういうの得意なんだ。中学の頃は学級委員長とかやってるタイプだったし」
「そうなんだ。なんか意外だね」
「こうなったのは高校生になってからだよ。中学生までは黒髪でスカートも既定の丈っていう子だったの。真面目そうに見えるってだけで、学級委員に推薦されたこともあったんだよ。それでやってみたら、案外楽しいなって思ったからよかったけど」
それで、彼女がなぜ立候補してくれたのかの理由がわかった気がした。あの頃の自分と雪兎を重ねて、その気持ちがわかるからこそ助けてくれたのだ。コミュニケーションが苦手だからという理由で他人と係わりを持ってこなかったが、案外、思っているよりもずっと周りは優しいのかもしれない。
「ありがとう」
「ええ? なんでお礼言われるの?」
「色々と助けてもらってるし」
「それはお互い様だよ。香川が資料をまとめてくれたから、さっきだってすんなり通ったんだよ? もっと自信持った方がいいよ。人には得手不得手があるんだから、自分が得意なことからやっていけばいいの」
「杵築さんっていい人だね」
素直にそう思ったので、素直にそう口にした。そうしたらみやびが面食らった顔をして、それから照れ隠すように帰ろうかと立ち上がった。話しているうちにいつの間にか会議室に残っている生徒は疎らになっていた。他愛のない話をしながら昇降口へと歩く。
「香川のお母さんって美容師なんだ。あ、もしかして商店街の?」
「そうだよ。知ってる?」
「うん、東京で美容師してた人だって聞いたことある。いとこのお姉ちゃんが通ってるんだよね。香川も手伝ったりしてるの?」
「休みの日とかはたまに」
「へえ、今度切りに行こうかなぁ」
「是非来てよ。母さん、俺の学校の子だって知ったら喜ぶ。俺、友達いないから」
「ほらぁ、またそうやって自虐するんだから。友達って、作ろうと思って作るもんじゃないじゃん。自然と話せてたらもう友達だよ。だからわたしたちも友達」
「そういうもん?」
「そういうもん!」
みやびが自信満々に肯定したのが可笑しかった。つい笑うと、そっちの方が全然いいよと笑い返される。もし彼女の理論が本当なら、楓も友達と呼んでいいのだろうか。
けれどなぜだか、その響きはしっくりこなかった。
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