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その後 2.気の迷い?

 想いが通じ合ってから、樹は仕事帰りに決まって電話をする。 「今どこ?」 「まだ会社だ。もうすぐ終わる」 「じゃあ、迎えに行くね」  これまで渡辺が仕事で遅くなる時は、必ずセフレと連絡を取った。誰かが空いていればその男と会って寝る。誰も空いていなければ仕方なく家に戻って一人でご飯を食べた。  今になって考えてみると…自分は寂しかったのかもしれない。渡辺がいない家で一人で食事をするのが寂しくて、誰かを求めてしまったのかもしれない。  最近できる限り渡辺と食事をしているせいか、気持ちが落ち着いてきた。食事のせいなのか愛されている安心感からなのかはわからないが、とにかく以前のように突然切なさに襲われることがなくなった。  そして将来についても…渡辺が一緒にいてくれるなら、何でもいいから一生食べていけるよう手に職をつけようと思うようになった。消費期限ギリギリまでモデルを続けながら、今からでもできることを始めようと自然と前向きな気持ちになれた。  渡辺の会社に一番近いコインパーキングに車を止め、渡辺が勤務する建物の外で待つ。そんな些細なことさえも幸せに感じられた。渡辺を迎えに来ている自分。渡辺の退勤を建物の外で待つ自分が、純愛中の中学生のようで可愛いと思え思わず微笑んでしまう。 「あ、渡辺さ…」  エントランスから出てきた渡辺の姿を見つけ手を上げる。ところがその隣には背の高いスリムで知的な印象の女性がいた。  ―川端さんだ…  川端は渡辺の同僚でライター。二人は一緒に撮影に出かけることもある。そして…彼女は渡辺を狙っている。樹は以前からそう感じていた。  二人は樹に気づかず建物を出た。そして敷地内のパーキングに向かう。  樹は慌てて二人の後を追った。自分が迎えに来ると知りながら渡辺が川端の車に乗るはずがない。それはそうだけど…不安になった樹は駐車中のバンの影から二人の様子をうかがった。  川端が車のドアを開け、何かを取り出している。渡辺がその箱を受け取り、中から書類のような紙の束を取り出した。 ―なぁんだ…撮影用の車に忘れ物を取りに来ただけか…樹は胸を撫で下ろした。  その時…川端が渡辺の腕に自分の腕を絡ませた。何か言っている。顔を近づけ樹に聞こえないくらいの声で何かを囁いている。  樹は思わず飛び出した。 「触るな!」  渡辺の腕を取って川端から引き離す。そして自分の腕をしっかり絡ませて体を密着させた。  突然の出来事に渡辺と川端は唖然として樹を見つめていた。 「渡辺さんは僕のだ。あんたになんか渡さない!」 「…樹…」  呆然と渡辺が樹の名を呼び、その口元に笑みがこぼれた。  一方、呆気に取られていた川端が我に返ってイラっとした声で言った。 「僕のって…樹君も子供じゃないんだし、もう少し言動に気をつけた方がいいんじゃない?」  冷たい目でそう言われ、樹は自分の取った行動を後悔した。渡辺の仕事場で、誰が通るかわからない駐車場で、渡辺の同僚の前で、腕を絡めて“僕のだ”と言ってしまった。子供の独占欲だと思ってもらえればいいけど、もしかしたら… 「まるで恋人を取られそうになったみたいな言い方して。薫を困らせないで」  川端は渡辺を名前で呼ぶ。それも気に食わない。だけど、これ以上反論すると渡辺の迷惑になりそうで、樹は怒りを堪えてひたすら川端を睨んだ。 「困ってない。むしろ嬉しい」  自分の腕から体を離した樹を引き寄せ、優しく頭を撫でながら渡辺が言った。 「そうだ。樹は俺の恋人だ。いや、全てを捧げた伴侶かな」  幸せそうに目を細めて樹を見つめる渡辺。そんな渡辺を見上げ、今度は樹が唖然とする番だった。 「薫…その子に騙されてるのよ。変な道に誘い込まれてるの!」  樹を渡辺から引き離そうと川端が近づく。渡辺は樹の手を指を絡めてしっかりと握り、空いている方の手で川端を制した。 「違う。俺が先に樹を好きになった。10年も片想いしてたんだ。樹はただその想いを受け入れてくれただけだ」  子供に言い聞かせるような声でそう言われ、川端がひるむ。 「一時の気の迷いかもしれない。寂しさからだけかもしれない。それでも樹に想いを受け入れてもらって…こうして自分のものだと主張してくれて、俺は今とても幸せだ」 「…薫…」 「川端に告白された時、想っている人がいると断っただろう。その人しか愛せないと言っただろう。それは樹のことだ。樹に罪はない。俺が樹を引きずり込んだ。だから責められるべきは俺だ」  毅然とした渡辺の態度に川端は言葉を失った。  そして樹は…呆然と渡辺の言葉を聞いていた。 「さあ、帰ろう。車はいつものところか?」 「え?あ、うん…」 「待って!打ち合わせがまだでしょ」 「それは月曜日でも間に合う。じゃあ、また。お疲れ」  まだ何か言いたそうな川端に向かって軽く手を上げ、渡辺は樹の手を握ったままいつものコインパーキングへと向かった。 「どうした?」  動揺している樹の代わりにハンドルを握る渡辺は、深刻な顔で黙り込む樹が心配になった。 「川端のことで気を悪くしたのか?」 「あんなこと言って…川端さんが、渡辺さんがホモだって言いふらしたらどうするの?」 「どうって?」 「会社クビになるよ」 「同性愛者は解雇するという社則はないからな。すぐにクビはないだろうが…辞職に追い込むよう、嫌がらせを受ける可能性はある」 「どうしよう…僕せいだ…」  自分が飛び出さなければ、言葉を選んでいればこんなことにはならなかった。  樹は思わず両手で顔を覆った。  その様子を見た渡辺が路肩に車を止め、樹をギュッと抱きしめる。 「嬉しかった。自分のものだと主張してくれて、本当に嬉しかった。ありがとう」  それでも、渡辺さんが会社を辞めることになったら…と、不安が消えない樹はただ抱きしめられていた。 「今の会社を辞めても、樹と二人食っていけるくらいの仕事はいくらでも見つかる。会社とは比べ物ならない価値のあるものを手に入れた。樹が“渡辺さんは僕のだ”と言ってくれた。その言葉と引き替えなら、会社なんかいくらでも辞めてやる」 「渡辺さん…」 「ありがとう」  優しくキスをされ、やっと樹は渡辺の首に腕を絡めた。

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