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第2話 はじめてのお出掛け

Reiji.N:明日、一緒にコーヒーショップに行かないか?  鳴海と連絡先を交換して二日後、そんなLINEが樟に届いた。友達になると言った以上、相手に誘われたら誠実に対処しなければならないと樟は思う。  ――明日は土曜日で特に予定はない。けどじいちゃん(養父だが彼の年齢からそう呼んでいる)は俺と一緒にDIY(日曜大工)しようとか計画しているかもしれない。 「え……っと、じいちゃん……」  夕食時、養父の竹田に樟は躊躇いがちに切り出した。 「どうした? 樟」 「その……明日、友達と出掛けてもいい?」 「健君たちか?」 「いや健たちじゃなくて新しくできた友達で……」 「新しく? 学校の友達じゃないのか?」  二年間、同じ顔触れと過ごしていて新しい友達ができたという樟に、不思議そうに竹田が尋ねる。 「んー…孤児院の関係の人? なんだけど……」  別に嘘は言っていない。だが包み隠さず説明するのは何となく気が引けてそう答えた。 「チャリティー活動に来ていた人とでも仲良くなったのか?」 「ああ、うん、そう」  竹田にあっさり言われ、初めからそう言えばよかったと樟は思った。実際、鳴海は活動に参加していたのだから。 「ふーむ……明日はお前とDIYでもしようと思っていたが、色んな人と知り合うのも人生経験になるしのう……よし、いいぞ。但し明後日は大会だから稽古もちゃんとするんじゃぞ?」 「わかったよ、じいちゃん」  やっぱり一緒にDIYしようと考えていた……と内心思いながら樟は頷いた。 *  翌日の土曜日。約束した時間の少し前に樟が待ち合わせ場所である駅の出口に行くと、既に鳴海は来ていた。シンプルなアイボリーのボタンダウンシャツに黒に近いダークグレーのスラックスという装いだったが、その長身も相まって、ただ立ってスマホを操作しているだけでも、まるでファッション雑誌の切り抜きのように映えていた。道行く人も振り返り、彼を二度見している。  ――俺、こんな格好でよかったのかな?  コーヒーショップに行くのだから何ら問題はないはずなのだが、樟は遠目に鳴海を見て、次に濃い青のジーンズ、白Tにネイビーのパーカーを羽織った自分自身を見下ろして内心焦る。だがもちろん替えの衣服など持ち合わせていないし着替えている時間もないので、樟は意を決して近づき、些か引き攣った笑顔で声を掛けた。 「こんにちは、鳴海さん」 「樟」  鳴海は樟を見ると嬉しそうに微笑んだ。 「待たせてしまいましたか?」 「いや、今来たところだ。では行こうか」  即座にスマホを仕舞い、歩き出したので樟は慌てて隣に並んだ。周りを見回すと昔ながらの商店街が続いている。 「コーヒーが好きなんですか?」 「いや、特別好きというわけではない。今から行く店は俺の妹の親友が経営している店でな」 「へぇー…愛菜さんの……」 「愛菜も面識はあるが……もう一人の妹、凛の親友だ」 「凛さん……」  鳴海にもう一人、妹がいることを樟は初めて知った。 「それは楽しみです」  まだ見ぬ鳴海の家族に縁故のある店だと知って、樟もそのコーヒーショップに興味が湧く。 そして数分後。二人は件のコーヒーショップの前に辿り着いた。 「コーヒーショップ“マーメイド”……」  店名が書かれた看板を見上げて樟が呟く。 「この店は元々彼女の母親が始めたんだが……何でも彼女が幼少の時に童話に出て来る人魚に夢中で、それに因んでつけたそうだ」 「はぁー…何かそういう母娘のエピソードを聞くと胸が温かくなります。きっとお店も愛情を込めて切り盛りしているんでしょうね」 「そうだな。とりあえず、入ろう」  母親のいない樟は憧憬の眼差しで看板を見つめ、鳴海は微笑みながら彼の背に軽く触れて促した。 * 「いらっしゃーい!」  二人が店に入ると元気な声が出迎えた。店はそれほど大きくはない、クラシックな雰囲気の清潔感のある店だった。開店直後で他に客は見当たらない。出迎えたショートヘアの小柄な女の子が鳴海を見て『あっ』と驚いた顔をする。 「久しぶりだな、芽依」 「凛さんのお兄さん、久しぶり! 姉さんたち、玲司さんが来たよ!」 「あらあら、お久しぶりです」 「こんにちはー」 とカウンターにいたロングヘア―の女性と店の奥にいたミディアムボブの女性が二人の方へやってきた。 「そちらは……?」 「樟だ」 と一番年上らしい長髪の女性に聞かれて鳴海が答える。 「可愛い~~! 萌絵姉さん、彼、どうよ? 彼氏ほしがってたでしょ?」 「芽依あなた、初対面の人に失礼でしょ!」 「はは……」 「座ろうか、樟」  年少の姉妹二人のやりとりに樟はぎこちなく笑い、鳴海と共にカウンター席に座った。 長髪の女性は紗香、ボブの女性は萌絵、短髪の女の子は芽依と言い、紗香は高校を卒業後にこの店を母から受け継ぎ、高校生の萌絵と中学生の芽依は時折店を手伝っては姉にお小遣いをもらっているということだった。 「まあ! 武道をやっているの?」  色々話すうちに話題が家族のことになり、樟が養父の竹田に師事して稽古していることを話すと紗香が驚いて言った。 「ええ、まあ」 「そっか、道理で。いいカラダしてるもんね~~♡」 「ぅわ!?」  カウンター近くで会話に加わっていた芽依がいつの間にか後ろに来ていて両肩を掴んだので樟は驚いて軽く叫んでしまった。 「ちょっと芽依、いい加減にしなさい!」  今ほど帰ったばかりの客のテーブルを片付けていた萌絵が騒ぎを聞きつけやって来て、すかさず芽依を嗜めたのだが。 「あ、萌絵姉さん、樟の裸を想像しちゃった? 顔、赤いよ?」 「なっ……」  ニヒヒ、と赤くなった姉を芽依が笑う。 「もう、この子ったら!」 「あはは、逃ーげろー」 「待てー!」  怒る姉からピューと逃げる芽依を萌絵が追いかけ、テーブル越しに向かい合って左右にステップを踏む。そんな彼女たちを苦笑しながら見ていた樟の隣で、鳴海は落ち着かない様子でコーヒーを口に運んだ。 「ところで……」 と紗香が不思議そうな顔で尋ねる。 「玲司さんとはどういう知り合いなの? 友達の弟さんとか? 兄弟ぐるみで出掛ける予定が急にお兄さんだけ来られなくなった的な?」 「いや、樟とは普通に友達だ。会社が寄付している孤児院のチャリティー活動で知り合ったんだ」  樟が口を開く前に鳴海が答えた。 「ああ……」  紗香は納得したように頷き、にっこり笑って、 「そうなのね。玲司さんがここに友達と来たことなんてなかったから嬉しいわ。これからもうちの店ともども彼のことよろしくね?」 とパチン、とウィンクをした。 *  二人が店を出た後、 「樟……この後どうする? どこかへ寄るか?」  最寄りの駅へと歩きながら鳴海が尋ねるが、 「ああ、ええと……実は明日武道大会があって……稽古をしなければならなくて……だから今日はこれで……」 と樟が遠慮がちに答え、鳴海は心の中で落胆しながらも笑顔を作った。 「そうか、それなら仕方ないな。明日は立て込んでいて応援に行けないが頑張ってくれ」 「応援なんて……」  健たちだって応援になど来たことがないというのに、鳴海がそう言ってくれたことで樟の胸が嬉しさでいっぱいになる。だがここであからさまに嬉しそうな顔をしては小学生と変わらないと思い、話題を変えることにした。 「あ、え……と。紗香さんて素敵な方ですね」 「……」  ――? 何か少し、鳴海さんの顔が強張った気がする。 「穏やかで優しくて気遣いができて……お母さん、ってこんな感じかなって思ったり。俺、母親がいたことないから憧れます」 「……紗香はまだ21だ。それ、本人には言わない方がいいと思うぞ」 「え。そうですか?」 「お前と幾らも変わらないだろうが」 「はは、そうですね」  二人がそんな他愛ない会話をしているうちに駅に着き、樟は駅前で鳴海に向き直った。 「……今日は(三姉妹との交流が)楽しかったです」  樟としては鳴海との外出というより、三姉妹との交流会という印象だった。 「楽しかった? ……よかった。俺は高校時代、勉強ばかりしていたから、高校生の友達とどこに出掛けたらいいのかわからなかったんだが、ふと紗香の店を思い出してな。お前が気に入ってくれたのなら嬉しい」 「……」  ――高校時代、勉強ばかりしていた? どこに出掛けたらいいのかわからなかった?  樟は鳴海の言葉に衝撃を受ける。  ――それなのにこの人は懸命に考えて俺を誘ってくれたのか?  それならば、と樟は思う。今度はこちらが提案する番だと。 「鳴海さん、次はサッカー観戦にでも行きませんか?」  ――スポーツ観戦ならば、一緒に盛り上がれる。 「サッカー観戦……」  鳴海が呟き、何かを思い出そうとするような顔をした。 「もし観たいスポーツがあればサッカーでなくても……」 「ああ、いや、サッカーでいいんだが、もしかして……チケットがあったかもしれない」 「え、本当ですか?」 「ああ。確認してまた連絡する」  鳴海は微笑み、言った。 *  鳴海は駅で樟と別れた後、帰宅すると早速、父にチケットのことを聞くことにした。あるとすれば父が持っているからだ。 「親父」 「うん? 何だ、玲司」 「サッカー観戦のチケットがあればもらいたいんだが……」 「ああ……そう言えば先日届いていたな。やるのは構わないが……どうしたんだ、急に。今まで興味を持ったことなどなかったものを」  鳴海の父は首を傾げた。 「今までのことはどうでもいいだろう?」 「……まあいい。ちょっと待っていろ」  鳴海が少しばかり苛ついて言うと、父親はソファから立ち上がり、自身の書斎から白い封筒を持って戻って来た。封筒から招待券を一枚取り出し、息子に手渡す。 「二枚ほしいんだが」 「何? 愛菜とでも行くのか? それとも凛?」  手渡されたチケットを確認して鳴海が言うと、父は疑問を投げかけた。息子はあまり誰かと一緒に出掛けるということがなかった。 「友達とだ」  だから彼の返答を父は意外に思う。鳴海は鳴海で、  ――なぜ当然のように俺が妹と行くと思うんだ? と思いながら、やや憮然としながら答えた。 「友達? お前に一緒にサッカー観戦をするような友達がいるのか?」 「友人ならいる」  父親の逐一の質問に些かゲンナリしながらも辛抱強く鳴海が言うと、 「そうか。わかった」 と言って更にチケットを一枚取り出し、手渡した。用は済んだとばかりに、礼を言うとすぐにその場を去ろうとした鳴海だったが、 「待て、玲司」 父親に呼び止められて、仕方なく歩みを止め振り返った。 「お前の結婚相手の件だが……瑞穂さんと話を進めてもよいな?」 「いや、進めなくていい。俺には交際相手がいるからな」 「何!? 本当か!? それは……」 「まだ(友達として)付き合い始めたばかりだから、今の時点で話すことはないよ、父さん」  驚き、恐らく矢躍ぎ早に質問しようと口を開きかけた父に鳴海は先手を打って言い、ニヤリと笑った。

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