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第6話 バカンスへの招待

 会食を終えてお暇する鳴海をS駅に送ろうと、彼とともに自宅を出た樟だったが、歩くうちに迎えの時との違和感に気づいた。にこやかに話しかけてくる鳴海の自分に向けられる目が、今まで見たことがないほど優しいのである。そして彼の全身から発せられる幸福なオーラ。  ――鳴海さん、何か良いことがあったのかな?  樟は戸惑いながらも会話を続けていたものの、  ――え!?  駅での別れ際にごく自然な感じで蟀谷にキスされたのに驚き、硬直してしまった。 「今日は楽しかった。また連絡する。では、な」 「……」  満ち足りたように微笑み、改札の向こうに消える鳴海を、樟はただ見送った。 *  それからは、 Reiji.N:次の週末はランチに行かないか? とか、 Reiji.N:次の日曜日は映画に行かないか? とか、 Reiji.N:次はドライブしないか?  鳴海が樟の家を訪ねて以来、彼から頻繁にLINEが来て、ほぼ毎週のように会うようになった。……だけでなく、 「この腕時計、お前に似合いそうだ」 とか、 「このペアアクセサリー、いいと思わないか?」 とか、会っている間も何か見つけるごとに買おうとするので、樟はその度に、 「え!? い、いいですよ、そんな……」 と慌てて止めていた。 「遠慮などしなくてもいいんだぞ?」 「ぅわ!?」  だがあるときは腰に手を廻され耳元で囁かれて、思わず肩を撥ねさせたこともあった。鳴海と会うといつもこんな感じだった。多すぎると感じるボディタッチに、今や別れ際だけではなくなった額や蟀谷へのキス。  ――友達、ってこんなんだっけ? 健たちとは全然こんな感じじゃないし……何かまるで付き合ってるみたいな?  鈍感な樟もさすがにおかしいと思い始めた頃、 「樟!」  ある日の学校の昼休み、楓に声を掛けられた。 「楓……」 「今度、孤児院でチャリティーイベントがあるの。よかったら手伝ってくれない?」 「それは別に構わないけど……ああ、そうだ。ちょっと聞いてほしいことがあるんだ」 「何?」 「ここじゃ何だから屋上に行かないか?」  そして、二人は校舎の屋上に移動した。 「……というわけなんだ」 「……」  屋上で手摺の基礎に並んで座り、樟から鳴海との今までの経緯と今の状況を聞いた楓は少しの間、無言だった。 「……客観的に見て、それは“交際している”と言えると思うわ」  暫くして、彼女は自身の見解を述べた。 「え……そっか。そう見えるんだな。でも何で……」  樟の口から『何で』という言葉が出たことに楓は嘆息した。 「樟。鳴海さんはたぶん、あなたに初めて会ったときからあなたに片想いしていたと思う」 「えっ!?」 「愛菜さんは以前から孤児院の活動に参加してくれていたけど、鳴海さんが参加し始めたのは樟、あなたに会ってからよ。それに……」  楓は隣の樟をちらり、と見た。 「会う度にあなたをデートに誘ってたでしょ」 「デ、デート!?」 「気づいてなかったの? 二人で会いたがる、ってつまりそういうことよ。そしてあなたはいつも都合が悪いと言って断っていたよね?」 「けど本当に……」 「本当に予定が合わなかったとしても、結果として一度も応じなかった。そして愛菜さんの『友達になってあげて』というオファー。たぶんそれは、兄から事情を聞いた彼女が『せめて友達から始めて、ゆくゆくは恋人になることも考えて欲しい』という意味だったと思うの。……私ならそう考える」 「……」 「だから何度かデートして家にも来てもらったなら、今の状況は自然な成り行きよ?」 「け、けど恋人って、普通は告白とかしてなるものじゃないのか?」  焦って言った樟に楓は怪訝な顔をした。 「本当に鳴海さんから何も言われてない? 樟のことだから、相手が告白したつもりでもそう受け取っていない可能性があるわ」  そこで樟は自宅での食事会で鳴海が養父の問いに『彼が、好きだからです』と答えたことを思い出した。  ――そして俺は、『俺も鳴海さんのこと好きだよ』と言ったよな? あれが恋愛的な“好き”だと思われた? 「え……っと。どうしよう、俺、そんなつもりじゃ……」  楓は大きな溜息を吐いた。 「やっぱり思い違いをしていたのね、樟。そうじゃないかと思ったけど……」  でも、と楓が続ける。 「前に私が『鳴海さんのこと好き?』って訊いたら樟、『嫌いじゃないよ』って答えたよね?」 「え? うん、それは…そう。寧ろ好きかも。恋愛感情抜きなら」 「だよね?」  楓は今日初めてにっこり笑った。 「それならこのまま付き合ってみたら? だって、ほら……」 「ん?」 「樟が馬鹿正直に『勘違いしてました』って話して鳴海さんを傷つけたりしたら、孤児院に寄付してもらえなくなるかもしれないでしょ?」 「……」 「……なんてね?」  楓は笑顔で言ったが目は笑っていなかった。 「は、はは……」  樟がぎこちなく笑う。 「……そろそろ戻ろっか。昼休みが終わっちゃう」 「そ、そうだな」  楓が腰を上げたので樟も立ち上がった。 *  夕方の下校時。樟がいつものようにクラスの友達と四人で帰り道を歩いていると、 「よォ、樟ちゃん、最近週末やけに忙しそうじゃねぇか。彼女できたの?」  健が樟の首に腕を廻し、ニヤニヤしながら聞いてきた。 「健……そんなんじゃない。……いや、まあ、そうかも……?」 「「「!!」」」  樟の言葉に健だけでなく雅也と壮太も驚いて思わず彼を見る。 「よ、よォーし、今日は皆でファミレス寄ろうぜ! じっくり話を聞こうじゃねぇか」 健が提案して四人はファミレスに寄ることになった。 「鳴海ホールディングスの御曹司だって?」 「健、声がデカいぞ」  雅也が眉を顰めて健に注意する。近くのファミレスでドリンクを飲みながら、樟は昼休みに楓に話したように今までの経緯と今の状況、彼女の見解を友人たちに話した。だが樟の話は軽く友達三人の斜め上を行っていたらしい。 「楓はああ言ったけど、やっぱり恋愛感情を持っていない人と付き合い続けるなんてできそうにない。愛菜さんにお兄さんと友達になってと言われた時にもっとよく考えるべきだったって思うよ」  せめて相手が学校などの身近な人であればよかったのだろうが、いかんせん相手が悪すぎた(いや、この場合良すぎた、というべきか?)。樟は鳴海とでは社会的な立場が違いすぎると思った。 「ま、まあ、過ぎてしまったことは仕方ありませんよ」  顔を曇らせた樟を壮太が慰めた。 「けどよー、孤児院の寄付金に影響があるかもしれないんじゃ、断れねえじゃねえか。樟お前、好きでもないのにちゅーとかそれ以上のことしてんの?」 「……へ?」 「「「……」」……ああ。そういうことか」  樟の反応に一瞬沈黙した三人だったが、雅也が納得したように頷いたので皆が彼の方を見た。 「高校生相手に社会人が手を出したら色々まずいと思っているんじゃないか?」 「それなら高校生のうちはそういった心配はないということですね」  壮太がうんうん、と頷く。 「なら、まあ、そーゆーことを拒んで気持ちがバレる心配は当面ないってことだな」 と健。 「いずれ別れるにしても鳴海さんを傷つけるようなことはしたくないんだ。……何か別れる良いきっかけみたいのがあるといいんだけど」  ――ワンチャン友達のままだったらよかったのに。  今更ながらにそう思う。樟は俯き溜息を吐いた。  だが。その“良いきっかけ”は思わぬ形で訪れようとしていた。 *  一方その頃、鳴海は父・正隆に呼び出されていた。呼び出された時、何の話か粗方予想はついていた。 「恋人と上手くいっているようだな。凛から聞いた」  樟の家を訪れた後、凛に聞かれて彼と恋人になったことを話したため、いずれ父に知られることは予測できていた。 「相手は男子高校生だということだが……私は相手を年齢や性別で認めぬほど狭量ではない。だが彼がお前に相応しいかどうかは見極めねばならぬ」 「まだそんな段階では……」  鳴海が言いかけるが、正隆は厳しい顔で続けた。 「見極めは早ければ早いほど良い。お前が相手にかける時間も労力も無駄にせずに済む。つまらぬ相手にかまけるくらいなら、その分仕事してくれた方がずっとマシだ。……そう言えば、もうすぐ夏休みだな。いい機会だ。彼も私たち家族のバカンスに招待しろ」  鳴海はまさか父がこんなことを言い出すとは予想していなかった。 「家族のバカンスに?」  ――まだ恋人になって幾らも経っていない。  鳴海はそう思ったが、 「恋人になってまだ日が浅いことは重々承知だ。だがお前とて相手の家族に会ったのだろう? 自分の家族にお前を会わせて、彼が私たちに会えぬ道理はない」  正隆は彼の心を読んだかのように、言った。 「それはそうだが……」  樟の養父の竹田とは一度昼食をともにしただけで、バカンスの間、四六時中この父と一緒に過ごすプレッシャーとは到底、比較にならないと思ったものの、 「見極めるにはある程度の時間が必要だ」 と言われてしまえばそれ以上何も言えずに、 「……わかった。話してみる」  鳴海はそう答えるしかなかった。 *  その日のデートは、郊外の港までのドライブだった。予定があったのか鳴海は午後遅くからしか時間が取れずに、カフェで軽くお茶した後に黒のセダンを港まで走らせる。時折ふわりといつものオードトワレが香った。  ――今までの全部、デートだったんだな。  鳴海の横顔をちらりと見て、樟が思う。改めてそう意識すると、彼と同じ空間にいるのも途端に気恥ずかしくなってくる。樟は努めてサイドウィンドウの外の景色を見ようとした。立ち並ぶ倉庫が次々と後ろへ流れて行く。目的地は近い。 「着いたぞ」  鳴海に続いて夕陽に染まった埠頭へと車を降り、快い初夏の海風の中、橙色に輝く海を二人で眺める。最初のドライブも今みたいな時間帯だったと樟はふと思う。  何となく、今日の鳴海は何かを話そうとしているのを感じていたので樟はただ黙って待った。そして…… 「……夏休み、俺の家族と一緒にバカンスに行かないか?」  ふいに鳴海が切り出した。 「バカンス?」 「ああ。海辺の別荘だ」 「ご家族も?」 「そうだ。父と妹二人。母は既に亡くなっていていない」 「……」 「父がお前に会いたがっているんだ」 「お父さんが……」  ――……ああ、そうか。きっと俺が鳴海さんに相応しいかどうか自身の目で確かめる気なんだな。  樟は思う。はっきり言って、樟が鳴海の父に気に入られる要素は何一つなかった。出自が孤児で、養父も一般人。男で学生。  ――それならこれはいい機会かもしれない。俺から何か行動を起こさずとも、俺が彼のお眼鏡にかなわなければ鳴海さんと別れることになるだろうから。 「ああ。だが不安に思うことはない。きっとお前のことを気に入ると思う」  鳴海が樟の肩を抱き、安心させるように微笑む。彼と恋人同士でいるためには父に認めてもらうことは必須で、何としてでも樟にバカンスに来て欲しかった。そんな鳴海の願いが通じたのか、 「……わかりました」  樟が承諾する。鳴海は樟が招待に応じたくれたことに安堵して、 「ありがとう。楽しみにしている」  笑顔で彼の額に口づけた。

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