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逃行〈2〉

 一人の少年が突然いなくなっても、この世は何も変わることはない。まぁ、もしどこかで死体が見つかれば、警察が動いて、たぶん不審死扱いになって、ニュースや新聞で世間を少しだけ騒がして…それで終わり。  俺が家出をしたとわかったところで母親は俺の捜索願いは出さない。俺は一応マイナカードを所持しているから、どこかで死んだとしても、とりあえず身元不明にはならないはずだ。とはいえ、母親は俺の遺体の引き取りも拒否するだろうから行旅死亡人になるのは必至だ。 ◇◇◇  卒業式の翌日、母親がパートに出掛けた後、俺はタンスの引き出しから俺のマイナカードを探し出し、それからタンスの裏側から茶封筒を引っ張り出した。母親の隠し金だ。封筒の中に入っている現金から十万円を抜いた。そして、その札をティッシュペーパーに包んで服と一緒に紙袋に入れた。  英語の教科書の最後のページにマジックペンで、『卒業したから自立します』と書いた。置き手紙代わりだ。それと探されないよう保険として『家でのことは誰にも言わない』と付け足した。俺を探したら売春を通報するってことだ。  俺は意気揚々と紙袋一つを持って十五年間過ごしたこの団地を出た。振り向きもしなかった。  まず、駅前のネカフェに行って働き口を検索した。住み込みで働かせてもらえるところなら職種は何でもよかった。工場での組み立て作業員募集が数多く掲載されていた。しかもほとんどに寮があった。何件かメモをして、公衆電話を探した。携帯電話の普及で公衆電話を探すのも一苦労する。いつもは住んでいた団地の敷地の端に設置されているのを使っていたが、さすがに今は無理だ。こんなことなら公衆電話が設置されている場所を検索しておけばよかったと後悔しながら歩いていると、思わぬ場所にあった。住宅地の真ん中にポツンと設置されていた。  俺は早速メモをした番号にかけた。ワンコールでつながった。愛想のいい声が聞こえてくる。募集を見て電話をしたと伝えると、今度はダミ声の男が電話に出た。その男はいきなり俺に年齢を訊いた。俺は十五歳ですと答えると、悪いが他をあたってくれないかと言って電話を切ろうとした。 どうして駄目なのか、その訳を訊きたかった俺は、十五歳ならもう働いていいはずですよね、と食い下がった。すると男は面倒臭そうに、ウチは二十四時間フル稼働しているから、夜間勤務ができない十五歳はいらないんだよ、と吐き捨てるように言った。寮を完備しているのも夜勤をしてもらうからで、家出人の保護の為じゃないんだから、さっさと家に帰った方がいい、とまで言うと、ガチャン、と電話を切った。  俺は別のところにかけてみたが、言い様は少し丁寧でも言ってることは同じだった。  十五歳という年齢の壁。どうしよう、何か手立てを考えないと、俺はまたネカフェに行った。  確かに、あのダミ声男が言ったように労働基準法で定められている。夜間以外なら中卒でも働けるが、親の同意書が必要みたいだ。それに、当座の寝泊まりはネカフェでいいと思っていたが、ここでも十五の壁があった。  万事休すなのか?俺の将来、俺の未来、俺の人生…。いや、少し考えよう。  そして考えた末に気付いたこと。俺はやっぱりガキだった。世の中のことを何も知らずに生きていたことを痛感した。これまでの十五年間、売春婦とはいえそんなヤツの庇護を受けていたから生きてこれたんだ。感謝するつもりはないが、せめて自宅売春が世間にバレないようにだけはしようと思った。要するに俺が警察に捕まるようなことは避けないといけないわけだ。  喫緊の課題として、今夜をどう過ごすか、俺はまた検索をした。

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