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逃行〈3〉

 在学中、長期休みに入る前になると、先生たちは生活指導として、安易な金儲けなどの話しにはのらないように、この世の中にはそんな上手い話しは絶対に無いと強く注意喚起をした。犯罪も低年齢化している。とは言えそれは携帯電話を持っている奴対象の話しだ。そういう点では俺は青少年を喰い物にしようと手ぐすねを引いている奴らの毒牙にはかからない。携帯電話は持っていないんだから。夜の街を徘徊していても、その手の溜まり場に行かなければいいだけだ。  とりあえず二十四時間営業の店を調べた。手っ取り早い所でいうとファミレスが一番過ごし易い場所と思った。とは言えファミレスで一晩過ごそうにも、ただ、ぼーっとしているだけではいかにも家出してきましたと言ってるようなものだ。そこで俺は一計を案じた。ファミレスで勉強することにした。自宅は勉強できる環境ではないから仕方なくファミレスでやってます風を装えば、深夜でも特に怪しまれることはないはずだ。それに俺はそういった作業は嫌いじゃないし。  百均でノートと筆記用具を購入し、古本屋に行って適当に参考書や問題集や辞書を買った。  勉強の振りをするなら日中は図書館で過ごすのもありだと気付いた。無料でパソコンを使用できる所もある。そこで仕事先を検索して、公衆電話で連絡をする。たまに銭湯にも行って、夜はファミレスを転々とする。当面の目処はついたように思った。  そんな状況下で一週間ほど経過したある日、ショッピングモールにトイレで立ち寄った。そこで鏡に映った自分を顔を見て愕然とした。死んだ魚の様な目、その目の下には、くっきりとクマができていた。それにカサカサの唇。皮膚は薄汚れた色をしていた。俺はすぐさま手洗い場で顔を洗った。そしてトイレの個室に入ってトイレットペーパーで濡れた顔を拭いた。  まだ資金は残っているが、働き口が見つからないままだ。俺はこの先どうするんだ。ドスンと便座に座ると、今まで感じたことがなかった鉛の様な疲れが急に押し寄せてきた。しばらく俺は動くことができなかった。  そして、俺は心の中でゆっくりと数を数えた。 …九十八、九十九、百。膝に手を突いて歯を食いしばって便座から立ち上がった。深呼吸を一つしてトイレのドアを開けた。    今夜予定しているファミレスは一番最初に夜を過ごした記念すべき場所だ。今晩は少しだけ贅沢にちゃんとした食事を摂ろうと思った。そうすれば少しは疲れも取れるだろう。  夜になって賑わい出した繁華街を抜けるとその先にファミレスがある。俺は何を食べようか思いながら歩いていると、スーツ姿のサラリーマンたちの間に、腕章を巻いたジャージ姿の男を見つけた。その男は辺りをキョロキョロしながらこっちに向かって歩いて来る。少年補導員だ。間違いなく俺は声をかけられる。  俺は咄嗟に店舗と店舗の間の狭い路地に逃げ込んだ。そして通りから俺の姿が見えないように積み上げられた段ボール箱の陰に隠れるように屈んだ。ジャージ姿の補導員が通り過ぎるのを息を凝らしながら待った。  繁華街の路地裏。油の臭いがする換気扇の下。俺はそこでしばらく留まってしまった。換気扇から流れ出てくる臭いは、何も知らなかった幼い頃の俺を思い出させた。  母親はパートの給料日になると俺を一緒に買い物に連れて行き、揚げたてのコロッケを俺に買い与えた。店先で揚げた熱々のコロッケはとても美味しくて、その頃の唯一の楽しみだった。俺にコロッケを買ってくれた母親の顔が今は思い出せない。優しく笑っていたのだろうか。  隠れていた段ボール箱の横にはちょうどクッション代わりになるようなゴミ袋が置いてあった。俺はそれにもたれかかった。見上げると隣接している店舗の細い隙間から夜空が見えた。夜空は暗いはずなのに、通りの外壁や看板を照らす幾色のネオンやライトのせいで昼間の様にも見える。俺のいる場所は暗い。谷底にでも落ちたような気分だ。  ふと、もう終わりなのか、と考えが過ぎる。俺はズボンのポケットに入れている小さなお守りを握った。  数メートル先の通行人から見れば、今の俺の状態はひょっとして死体にでも見えるのかもしれない。俺はまたぎゅっとお守りを握った。  そうだ、死ぬ前に少しはいいことしてみようかな…    ねぇ、誰か俺の臓器欲しい人いませんか? 臓器だけじゃなくて角膜とかもどうでしょう。視力はいい方ですよ。今ならタイムセール。全部ただであげる。早い者勝ちですよ。    でも、痛くはしないでよ、取り出す時はちゃんと麻酔してね。なんてね…。    空腹と疲労と十五歳の壁に打ちのめされたガキの拙い冒険はこれでお終いになりそうだ。   『須貝研一、終わります』って、自分で人生の電源ボタンを押すことができたらいいのに。もう、再稼働はしなくていいから。    ああ…ダメだ、意識がだんだん遠のいていく。

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