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援されて〈1〉

 誰かが、俺の体を揺すっている。俺は、どうしたんだ? 「おい。おい君…大丈夫か?」 「ねぇ、マスター。救急車呼ぼうか」  男と女、二人?の声がする。  ああ…そうだ、俺は、眠ってしまったんだ。路地裏のゴミ袋にもたれて…そこから記憶がない。 「待ってキミちゃん。気が付いたみたいだよ」  俺は、目を開けた。心配そうに覗き込む年配の男と中年っぽい女がいた。体を起こそうとしたが身体中のあちこちが痛くて、すぐに起き上がれなかった。無理な体勢で寝てしまってたんだ。 「マスター…この子日本人じゃないみたいよ…?」 「そう…かな?…まぁ、そう見えなくもないか」 「ひょっとして旅行中で、誰かとはぐれちゃったのかしら?…事件とかではなさそうね」 「じゃあ、日本語は分からないか…よし、アーユー、スピーク、ジャパニーズ?」  直ぐに話せなかったからって、俺は外国人旅行者にされたみたいだ。想像力が逞しい。それに、キャンユー、スピークだろ。俺の覚醒していく脳内は絶望の続きではなく、笑いから始まった。 「すいません、日本語わかりますし、俺は日本人です」  マスターと呼ばれた年配の男は、ホッとした様子だ。中年の女も、なぁんだ、と笑っている。 「よし、じゃあ立てるか?とにかく店の中に入ろう。キミちゃんそっちを支えて。あっ、この紙袋は君のかな?」  俺は頷くと、二人に両脇を支えられ、俺の全財産も持ってもらい、路地裏の勝手口から建物の中に入った。そこは、ステンレス製のシンクや調理台、その続きに業務用のガスコンロがあった。レストランの厨房のようだ。  狭いから気を付けて、と言われながら厨房を抜けて通されたのは、オレンジ色をベースにした明るいフロアーだった。でもそこには誰もいない。もう閉店しているようだ。俺はさっきの路地裏で何時間寝ていたんだろう。 「じゃあ、とりあえずこの椅子に座ろうか」 「…じゃなくて、壁側の背もたれがある方がいいわよ」 「ああ、そうだな。よし、テーブルの間が狭いけど、大丈夫か?荷物も隣に置くよ」  二人がかりで、壁に造り付けられているソファーに俺を座らせた。路地裏に寝転がり服も汚れているのに、そんなことなど気にする素振りは全く見せなかった。俺は、柔らかくて心地よい場所に座らせてもらった。 「大丈夫か?痛いところはないか?」 「はい。大丈夫です。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」  すると、中年の女がコップに入れた水を出してくれた。 「とりあえず、お水飲んで」 「ありがとうございます」  俺はコップの水を一息で飲んでしまった。  喉、渇いてたのね、と言って、中年の女はコップにまた水を注いでくれた。 「キミちゃん、ポタージュ残ってたよな」 「そうね。ちょっと待ってて」  中年女のキミちゃんは、厨房に入っていくと、すぐに白いカップを持って戻ってきた。 「マスターお手製のそら豆のポタージュ。美味しいわよ」  俺は、いただきます、と言って薄緑色のトロリとした液体を口にした。薄い塩味と柔らかい甘さが混ざった優しい味だった。思わず、美味しい、と言って、これも一気に飲み干した。すると、今まで大人しくしていた腹の虫が盛大に騒ぎ出した。俺は恥ずかしくなって下を向いた。 「腹、減ってんだろ?」 「……はい」 「今、美味いモノ作ってやるから、待ってろ」 「あっ…でも。これ以上はご迷惑に」 「ウチには売るくらい食べ物があるから、遠慮すんな」  すると、キミちゃんは、出た親父ギャグ、と言って揶揄った。  どこの誰かもわからない行き倒れの俺に、ここまで親切にしてくれるなんて。俺はお礼の言葉が見つからなかった。厨房からは、ジューッという音が聞こえてきた。 「ねぇ、君は何歳なのかな?…あっ、無理に訊いてるわけじゃないのよ」  キミちゃんが遠慮がちに訊いてきた。  どうしよう…本当のことを言うと警察か児相に通報されるだろうか。 「あどけない顔の割に、しっかりとした物言いだし、いくつなのかなと思って」  俺が黙ったままでいると、キミちゃんはそれ以上は何も訊かず、厨房の方に行ってしまった。  しばらくすると、キミちゃんは丸い銀色のお盆にお手拭きとスプーンやフォークを入れたカゴをのせて戻ってきた。 「もうすぐ出来るから、ちょっと待ってね」 「はい。ありがとうございます」  厨房から、キミちゃん出来たよ、とマスターの声が聞こえた。キミちゃんは、また厨房に行くと、今度はオレンジ色のご飯の上に楕円形の卵焼きらしき物がのった皿を持って、それを俺の前に置いた。 「さぁ、どうぞ。まずはその卵を割ってみて」  割る…って?俺はどうしたものかと悩んでいると、キミちゃんは、お手伝いするわね、と言って、カゴからナイフを取った。  楕円形の卵に真一文字に切り目を入れると、火山から溶岩が流れ出るみたいに、トロトロの卵がオレンジ色のご飯を覆い尽くした。 「うわっ…すごっ」 「でしょう?…店に来てくれるお客さんのほとんどがこれを注文するのよ」 「お陰で、一日中卵を割ってるんだよ」  そう言いながら、マスターがフロアーに来た。 「さぁ、熱いうちに食べなさい」 「はい。いただきます」  一口目から俺の口の中は、無上の幸せで満ち溢れた。    キミちゃんは、よかったら、このケチャップもかけてね、と薦めてくれた。  俺は、生まれて初めて食べたこの料理の名前を訊いた。マスターとキミちゃんは顔を見合わせていた。マスターは優しい顔で、オムライスだよ、と教えてくれた。さっきのスープといい、このオムライスといい、俺が知らないだけで、世の中には美味しいものが本当にたくさんあるんだ。目玉焼きしか知らない俺には、そのオムライスは鮮烈すぎた。俺は数分で、米一粒も残さず平らげた。

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