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援されて〈3〉
マスターはまた厨房に行って戻ってきた。手にはさっきと同じ小瓶のビールと、君にはオレンジジュースをもう一杯、と言って水差しの様なガラスの入れ物に入ったオレンジジュースを注いでくれた。
「俺は、須貝研一といいます。十五歳です」
マスターの口から、えっ?と小さな驚きの声が漏れた。
「驚いた。十五歳だったなんて。私はてっきり進路に悩んでいる高校生とばかり思っていたよ…ってことは」
「はい。一週間ほど前に中学を卒業しました。それで卒業式の翌日に、お察しの通り家を出ました」
俺はお金を入れているビニール袋からマイナカードを出して、テーブルに置いた。それを見たマスターは深い溜め息を吐いた。
「一体何が君を…須貝君をそうさせたんだ?この世に生まれてまだたった十五年だぞ」
俺にとっては、長い十五年だった。
「俺は生まれた時から母子家庭で育ちました。父親とも会ったことはありません。誰なのかもわかりません。母親ですら俺の父親は誰なのかわからないみたいです」
何てことだ、とマスターは独り言のように言った。
「須貝君のお母さんも…須貝君を産むのを迷ったんだろうね。辛い決断をしたんだろうね」
えっ…どういう意味だ。産むの迷った?辛い決断って?マスターは何を言っているんだ。
「幼い時から、あんたなんて産むんじゃなかった、って言われ続けてきました。色々な人の相手をして妊娠に気付いた時はもう堕ろせなくて、仕方なく産んだみたいです」
「あ…すまない。私は須貝君のお母さんは不幸な事件の被害者と思ってしまったよ」
レイプの末に俺を産んだと、マスターは思い違いをしていたようだ。
俺はレイプ犯の子供?まさかな…けど、そう思えなくもない?…いや、あんな自堕落で色情狂の女は好き勝手に誰とでもやりまくってたんだ。でなければ売春婦なんてするわけがない。
「俺の母親は売春婦です。昼間は近所のスーパーでレジのパートをして、夜になると自宅で固定客を相手に営んでいました。俺は、隣の部屋でやってる母の声や物音をずっと聞いてきました」
マスターはビールを飲むことを失念しているようだ。小瓶に着いた水滴がテーブルを濡らしている。
俺はオレンジジュースを一口飲んだ。
「中学を卒業したら働くのよ、と言われていました。それは構わなかった。けど、母親は俺に水商売をさせようとしてたんです」
「水商売だって?」
「はい。昨年末に家にホストみたいな派手な男が来て、俺のことをジロジロ見て、俺が中学生だとわかると一旦は断りましたが、母親は何としても俺をその男の店で働かせたかったみたいで頼み込んでいました」
中学最後の定期テストの時だった。俺は昼前に家に帰ると玄関扉は施錠されていなかった。母親は仕事のはずなのにと思いながら、そおっと扉を開けると母親の靴があった。俺は、ただいま、と言いながら部屋に入ると、パンツ一枚の裸の男が台所の流し台にもたれるようにして煙草を吸っていた。俺はすぐに、俺を値ぶみした男だとわかった。
「おう、おかえり。もう帰ってきたんだ。母ちゃんから聞いてると思うが、卒業したら俺んとこで働くことになったからよろしく。最初は店の便所掃除からな」
男は煙草を流し台に押し付けて火を消した。
「俺は十五歳ですよ。いいんですか?」
俺は挑むように言った。
「ほう…いい眼してんじゃん。すぐに客が付きそうだな」
男はニヤついて俺を見た。
「しっかしお前の母ちゃんは本当スケベだな。家に俺を呼びつけてさ、何事かと思ったら…お前のことをお願いって言ってさぁ…いきなり押し倒して咥え込みだ」
男はヘラヘラしながら俺に見せつけるように股間を突き出した。
「本当はガキの面倒なんてみる気もなかったが、まぁ、いつでもただでやらせてくれるらしいからさ、お前を雇うことにした」
俺は、その男を一瞥して自分の部屋に行こうとした。すると布団の上で掛け布団から尻を半分出して寝ている母親の姿が見えた。
その時、俺の中で家出は揺るぎないものになった。
しばらくすると、遅刻すんなよ、と男の声がして玄関の扉が閉まる音がした。
「そうだったんだ…酷いとかそんな生優しい言葉は言えないね。実の子、まして未成年を水商売で働かせようとするなんて」
「生まれた時から俺は厄介者でしたから」
マスターはビールの小瓶を握るだけで口にはしなかった。
「家を出て一週間だと言ったね。お母さんは須貝君を探してないんだろうか」
「絶対に探してませんよ。だって俺を探したら売春を通報するって、手紙を置いてきましたから」
「そうか…で、夜はファミレスで過ごして、昼間はどうしてたんだい?」
「図書館のパソコンで働き口を探してました。それから求人を募集している会社に応募の電話を公衆電話から掛けていました」
「でも、まだ見つかっていないんだね」
「はい。十五歳の壁にぶち当たっています」
「働くには、親御さんの同意も必要だからね」
「でも大丈夫です。なんとかなります。今日だってファミレスに行く途中で少年補導員らしき人を見つけて、こちらのお店の路地に逃げ込んで、そこで何か絶望して寝てしまったんですが、でもこうして助けていただいた。俺はラッキーなんですよ。だから大丈夫です」
マスターは立ち上がって俺の横に座った。そして俺の頭をポンポンと軽く叩いた。
「無理するな。まだ須貝君は無理する歳じゃない」
その言葉に俺は歯を食いしばった。無理じゃない。無理なんかしていない。これは俺の集大成だ。
「須貝君…君さえよければ、ウチで働かないか?」
俺は耳を疑った。マスターの顔を凝視した。
「どうだろう…働くといっても制度上で色々と難しいことがあるから、住み込みの見習いってかんじになるけどね。師匠と弟子みたいな関係だと雇用契約は必ずしも必要ではいないんだ。ただ親御さんの同意という点に関してはどうにもならないけど。もし労働局とかが何か言ってきたら、その時は私の遠縁の親戚にでもなればいい。須貝君が十八歳になるまでウチに居ないか?大人になるまで、このレブロンの仲間にならないか?」
歯を食いしばったまま、俺は鼻水を垂らした。頬には大量の涙が流れていた。
「声を出して、泣いてもいいんだよ」
マスターは俺を優しく抱きしめてくれた。
俺は号泣した。
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