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認められて〈1〉

 まだ数人のお客さんがいる中、君子さんはその男に出来上がったグラタンを運んだ。 「お待たせ致しました。とても熱くなっています。お気をつけてお召し上がりくださいね」  普段なら、そこまで丁寧な言い方をしないのに。君子さんの声が聞こえて俺は皿洗いの手を止めてクスッとした。君子さんはあの手の男がタイプなのか。 「ああ、美味そうだ、ありがとう。ところで、これに合う酒って、ビールかな…?」 「いえいえ。断然白ワインです。キリッと冷えた白ワインと相性バツグンですよ」 「いいねぇ…じゃあ、グラスワインをお願いしようかな」 「はい。では、直ぐにお持ちいたします。少々お待ちくださいませ」  俺は、そのやり取りを厨房のシンクの前で耳を凝らした。マスターもいつもの君子さんらしくないその様子を興味深げに料理の受け渡しカウンターから覗いていた。  戻ってきた君子さんは、いそいそと冷蔵庫からグラスとワインを出した。そして丁寧にグラスに注ぐと、その男のテーブルへと運んだ。 「なぁ、研一。キミちゃん嬉しそうだな」 「ですよね…君子さんに限らず女性はイケメンが好きですから」 「まったくだ」  また戻ってきた君子さんは、マスターと俺の二人の視線を気にしつつ、ダスターでカウンターやその辺りを拭いた。 「もう…何か言いたいなら言ってよ」 「いや、キミちゃん嬉しそうだなと思っただけだよ」 「あのお客さん、かなりのイケメンですもんね」  君子さんはニヤッとして、そうよねぇ、とダスターを折りたたみながら厨房に入って来た。 「ねぇ研ちゃん。あの人さ…モデルか俳優さんか何かと思わない?どこかで観たことあるような気もするのよね…」 「そうですか?俺は芸能に疎いから…マスターの方がよく知ってるかも」 「ダメダメ、マスターはもっと疎いわよ」  君子さんは手のひらをヒラヒラさせて笑った。 「男なのに妙に色気もあるし…だからってホストみたいなチャラさはないし。エロカッコいいっていうの?…案外AV男優とかだったりして…ねえねぇ」  一人で盛り上がる君子さんに、マスターは、ほら、他のお客さんがお帰りだよ、と呆れながら声をかけた。  レジで会計を済まし、扉を開けてお客さんを見送った君子さんに、その男が、少しいいかな、と声をかけた。 「はい、ワインのおかわりでしょうか?」 「…いや、そうではなくて、申し訳ないんだけどこのグラタンを作ったシェフに会えないかな」 「はぁ、シェフですか…少々お待ち下さい」  戻った君子さんは首を傾げながらマスターを見た。マスターも神妙な顔をしている。俺も何だか不安になった。 「クレームっぽい感じではないんだけど…」 「いずれにしても、私が話しを聞くよ」  マスターはシンクで手を洗った。 「あの…俺が行きます」  マスターは客席の男を横目で見ながら、大丈夫か?と訊いた。 「はい。俺が作ったグラタンですから、お客さんの声はどんなことでもきちんと聞かないと」 「まぁ、そうだな。もし対応が難しいようだったらすぐに呼びなさい」  俺もシンクで手を洗うと、深呼吸を一つして、その男の元に行った。 「お待たせ致しました。シェフの須貝です。本日はご来店ありがとうございます」  シェフの須貝って、初めての言葉だけに俺は言い淀みそうになった。  男は、えっ?と驚いた顔をして、数秒、無言で俺を見た。 「あの…何か不手際がございましたでしょうか」 「あ、いや。そうじゃないんだ。これを作ったのは向こうにいる年配の男性とばかり思っていたものだから…少し意表を突かれたんだ」  まぁ、当然と言えば当然だよな。 「そうか…このグラタンは須貝君が作ったのか」  えっ?もう俺の名前を。 「はい…お味はいかがでしたでしょうか?」 「ああ、美味しかったよ。和風仕立てがとてもいい。須貝君はこの店はもう長いの?」 「そうですね。お世話になってもうすぐ十年になりますか」 「へぇ…これは失礼したね。もうベテランシェフだね」 「いえいえ。ずっと見習いでして、厨房に立たせてもらったのもここ最近なんです…実はこのグラタンがデビュー料理で…」 「そうなのか?だったら須貝君は料理のセンスがあるんだね。いや、作った人に会いたいって言ったのは、私は昆布出汁を使った料理が好きでね、ひょっとして、このグラタンにも昆布出汁を使ってるんじゃないかって気がしてね。それでどうしても確かめたくなったんだよ」  俺は思わず目を見開いて、男を見た。 「ええっ⁈…分かってくださるなんて、めちゃくちゃ嬉しいです」  俺の歓喜の声に、その男も思わず声を出して笑った。 「和風仕立てなので、ホワイトソースは牛乳と昆布出汁でのばしています。小麦粉とバターも少な目にしたんです。トロミがつくように山芋も少し入れてます。具材の帆立の貝柱も昆布締めにしました」  俺は嬉しくて、レシピをペラペラと話していた。 「いいのかな?俺にレシピをばらしても」 「あっ…すいません。嬉しくって、つい」  男は、俺のやらかしにも、優しく笑った。 「それに、白ワインとの組み合わせもバッチリだったよ。あの女性にも伝えておいてくれるかい?洗練された感覚の持ち主だって」  俺は、厨房の方に目をやると、君子さんは両方の手のひらで頬を押さえていた。  閉店間際に男は会計を済ますと、満足した表情で、また来るよ、と言って店を後にした。  君子さんと俺は、男の言葉に浮き立っていた。二人してずっとニヤニヤが止まらなかった。

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