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認められて〈2〉

 グラタンのイケメンは、また来るよ、と笑顔で立ち去ったが、その時は、大人の嗜み、というか、よくある社交辞令的な言葉とばかり思っていた。が、一週間が過ぎた今日、グラタンのイケメンは今度はもう一人男を連れてやって来た。  ドアチャイムの音で、いらっしゃいませ、と扉の方を振り返った君子さんは、あっ、と思わず声を出した。その声にマスターと俺も客席を見た。君子さんは、あの時のグラタンのイケメンよ、と俺に合図した。 「こんばんは。席、空いてるかな?」 「いらっしゃいませ。早速のご来店ありがとうございます」  君子さんの声は、一オクターブ高くなってる。 「ええ、どうぞ。この間の窓際のお席が空いております」 「ああ、よかった。あの時の冷えた白ワインとグラタンの味が忘れられなくてね。今日はもう少しゆっくりしようと思って、早めの時間に来たんだけど」 「そうでしたか。平日のこの時間でしたらディナータイムも少し落ち着いておりますから」  グラタンのイケメンは、連れの男と共に案内されたテーブルに着席した。 「今日は、俺の味覚は本物だってことを証明しようと思ってね。長年の連れを引っ張ってきたよ」 「ありがとうございます。でしたら、先に白ワインをお持ちしましょうか」 「そうだね。今日はボトルで頼むよ」 「かしこまりました」  グラタンのイケメンは体を斜めにして厨房の方を見ている。俺も客席の様子を見ていたら目が合った。すると、グラタンのイケメンは笑顔で手を上げた。俺もその場で会釈をした。グラタンのイケメンは俺の常連さんの第一号になりそうだ。  生ハムとオリーブで白ワインを飲んでいるところへ、俺が挨拶を兼ねて熱々のグラタンを運んだ。 「いらっしゃいませ、ご来店ありがとうございます。本日も和風仕立てのグラタンをご注文いただき、誠にありがとうございます」 「これはこれは、シェフが自ら運んでくれるなんて嬉しいね。早速いただくよ」  連れの男は俺をチラリと見ると、スプーンを手に取ってグラタンの焼き目のついた箇所を突いた。すると、コイツは猫舌でね、とグラタンのイケメンが笑いながら言った。 「そうでしたか。火傷されないようにゆっくりお召し上がりください。冷めても昆布の風味は損なわれませんから」  連れの男はまた俺を見ると、軽く頷いた。  では、どうぞごゆっくり、と言って俺は厨房に戻った。 「ねぇねぇ、研ちゃん。あのグラタンさんさぁ、やっぱり芸能人だと思わない?ほら、あの連れの男性って、グラタンさんのマネージャーっぽくない?」  まぁ、確かにそう言われれば、そう見えなくもないけど…それよりも君子さんは、グラタンのイケメンを、もうグラタンさんと呼んでいるのが可笑しかった。あの風貌とグラタンはミスマッチ過ぎるだろう。それに、連れの男も短髪のやや面長で寡黙なイケてる感じなのに、猫舌のせいで、ずっとふぅふぅしているのが面白い。  俺のグラタンを食べて、直接俺に美味しいって言ってくれたのはマジで嬉しかった。シェフの須貝です、って言ったことで俺の中にシェフとしての自覚が確実に芽生えた。そして今日も俺のグラタンを食べにわざわざ来店してくれた。本当にグラタンさんに感謝だ。  その次の週も、グラタンさんは来てくれた。ほぼ毎週のように同じ曜日のディナータイムが落ち着いた頃にやって来る。残念ながら猫舌さんはあれ以来は来店せずだ。まぁ、そりゃそうだろう。  閉店間際でお客さんはグラタンさんだけになると、マスターや君子さんも一緒にグラタンさんと話した。グラタンさんと話すのはとても楽しかった。話題が豊富で、俺の知らないことを沢山話してくれる。芸能人のゴシップネタから地球環境の話しまで、でそれに伴う株の投資先の話し等々。  グラタンさんは何の仕事をしている人なんだろう。君子さん推理のAV男優は外れていそうだ。何かの事業家?というより起業家の方がしっくりくるな。まぁ、お客さんの個人情報の詮索はしちゃいけないからな。    その日も、お客さんがグラタンさんだけになると、最近の食べ歩きグルメの話しになった。俺もついつい調子に乗って、和風グラタンの次のメニューを考えていると話した。 「へぇ、それは、楽しみだな」 「本当ですか?じゃあ試作品ができたら食べてくれますか?で、味の感想を聞かせてください」 「いいのかい?俺で」 「もちろんですよ。昆布仕立てを最初にわかってくれた人なんですから。その味覚を信用してますよ」 「これまた、責任重大だな」  グラタンさんは大袈裟に言って笑った。そしてグラスの残り少なくなったワインを見ながら言った。 「ところで、須貝君はお酒は飲むの?」 「たまにですけど。でも未だに酔っ払うほど飲んだことはないんです。だからよく言う、酔っ払って全然覚えてない、なんて本当なのかなと思ってしまいますよ」 「じゃあ、いつか俺が須貝君を酔わせてみようか」  グラタンさんは大人のニヤけ顔をした。イケメンはこんな顔をして女性を口説くんだろうな。 「酔わせてどうするんですか?」  俺も大人の返しをしたつもりだった。   「新メニューのレシピを聞き出すんだよ」  俺は思わず噴き出した。 「それは、できるまで楽しみにしててくださいよ」  グラタンさんは、そうだった、と言ってグラスの中のワインを飲み干した。そして腕時計を見た。 「ああ、閉店時間が過ぎてしまってるね。申し訳ない。今日も美味しかったし楽しかったよ」  会計を済ますと、グラタンさんは、じゃあね、と片手を上げて店を後にした。  俺はグラタンさんが来てくれる木曜日を心待ちにするようになった。

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