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真実〈2〉

「グラタンさんだって?」  前原刑事は、素っ頓狂な声を出した。マスターも、間違いないグラタンさんだな、と言った。 「おいおい、やっぱり本当にこの辺りをうろついてたのか」  権藤さんと前原刑事は、深い溜め息を吐いた。前原刑事はスマホを手に取って言った。 「こいつは、山東会若頭の殿村柊二だ。謂わばヤクザの組のナンバーツーだ」 「マスター。グラタンさん、って言うくらいだから、店には何度も来ていたんだな?…それにしても、どうしてグラタンさんなんだ?」  マスターも君子さんも、そして俺もその驚愕の事実に言葉を失っていた。AV男優だなんて言ったのは君子さんだったっけ?と、なると、猫舌マネージャーも当然ヤクザか。 「あっ…ああ…すいません。その人はうちの、この須貝が作るグラタンが大層気に入ったようで、ほぼ毎週食べに来てくれてますよ。いつも、グラタンと白ワインを注文してくれて、それで、私たちは勝手にグラタンさんって、呼んでいたんです…でもまさか、ヤクザの幹部だったなんて」 「まぁな、殿村はヤクザには到底見えないだろうけど、筋金入りのヤクザだ。で、さっきの写真の隣の奴も若頭補佐の新倉…なんとかだ」 「その人も、一度だけ来ましたよ」  前原刑事と権藤さんは顔を見合わせた。前原刑事はお茶を一口飲むと、さっきよりも更に真剣な顔をした。 「マスター、覚えてるかな?十年くらい前の銃撃事件」 「ええ。もちろん覚えていますよ。その先のファミレスの近くであった事件ですよね」  ああ…俺も覚えている。行き倒れた俺を助けてもらった時に聞いた話だ。 「ああ。あれはこの辺りをシマにしていた山東会と尾嶋組に対して、半グレ上がりの瀧野連合がしのぎ欲しさに仕掛けたことだったんだ。で、まぁ詳しくは言えないが、ケジメをつける意味で山東会はここを離れて、別の場所で今はコンサル会社をやってる。殿村はそこの代表取締役に収まっている」 「事件当初は抗争がそれ以上続かないように我々警察も警戒していた。所轄が近くに建ってからは落ち着いてたんだがな…目立ってみかじめ料を取ることは無くなったが、今でも尾嶋組と瀧野連合の縄張りはあるし、互いに睨みあってる」 「最近になって殿村が現れたことで、瀧野連合が騒つき始めてな。瀧野の奴らは自分たちが仕掛けたことで山東会の追い出しに成功したもんだから、殿村がやり返しに来たと思ってるんだ。要はシマを取り返しにきたってな」  前原刑事と権藤さんは代わる代わる話した。 「仰っている意味は分かりますが、でもその話しとただの洋食屋に来るのと、どう繋がるんです?」  マスターは訊いた。 「まぁ、ヤクザがグラタン食っちゃいけないってことはないんだが。聞くとことによると高田さんは地域の防犯にも尽力されている。この地域の顔みたいな人との繋がりを持つことは、殿村にとっては損ではない話しだ」 「懇意になれば、この街で起きている些細な問題にも首を突っ込める。この辺りは所轄が近いせいで、みかじめ料を取りに来る輩もいない、つまり安全に営業ができるからといって、法外な賃料を請求するテナントビルのオーナーもいるらしい。そこでだ、入居者の代理人と称してオーナーと賃料の交渉をしてやるからと持ちかけて手数料をふんだくる。新手のみかじめ料だ。コンサル会社の社長ならそんな芸当は朝飯前だ」 「瀧野連合は未だにしのぎの大半がみかじめ料だ。水面下でそんなことをされたら、たまったもんじゃない」 「また、抗争なんて物騒なことが起きないように、警察が先手を打とうとしているわけだ」  この間の、飲みに行く話しは、その手始めだったってことか。 「高田さん。さっき殿村は毎週食べに来るって言ったけど、決まった曜日とかあるんだろうか」 「ええ。いつも木曜日です。決まって閉店の少し前に来て、他のお客さんが帰ると、この二人も一緒に色んな話しをしますよ。話題が豊富な人で、いつも笑って話しを聞いてますよ。そういえば、ついこの間も、飲みに誘われましたね」  前原刑事は苦笑した。 「高田さん。その飲みに行く話しにはのらないように。それと、次の木曜日に殿村が来て、もし地域の困りごととかを訊かれたら上手くはぐらかして。いいですね」  マスターは静かに頷いた。 「あ…あの。もう、その殿村さんとは話さない方がいいんでしょうか」  俺は前原刑事に訊いた。 「できれば、その方がいい。関わりにならない方がいいよ」  権藤さんと前原刑事は、お邪魔したね、と言って立ち上がった。ドアを開けると外は雨が止んで薄日が差していた。じゃあ、気になることがあったらすぐに所轄の警察に電話をして、と言って店を出た。  しばらくして君子さんが声を上げた。 「ああっ。傘忘れてる」 「えっ…じゃあ、俺、持っていきますっ」  俺は、傘を二本持って店を飛び出た。店から少し離れた場所で真剣な顔で話している権藤さんと前原刑事を見つけた。レブロンでは聞かせられない話しをしているんだろう。俺は離れた場所から、権藤さんの名前を呼んで、傘を高く上げた。気付いた権藤さんは、悪い悪い、と言いながら俺に近寄ってきた。  俺はまだグラタンさんがヤクザのナンバーツーだとは信じられなかった。でも、あの時、急な電話でドスの効いた声を出したグラタンさんが、実は本当の姿だったんだ。 「ごめんごめん、ありがとう。止んだらすぐに忘れるんだから、困ったもんだ」  権藤さんは苦笑いをした。   「あの…訊いてもいいですか?ヤクザって、その殿村さんって、そんな危険な人なんですか?」 「そうだなぁ…殿村はどちらかというと、ああいう風貌だし暴力とは無関係のインテリタイプのヤクザだけど、油断しているといつ牙を剥かれるかもしれないから、気を付けるに越したことはないよ」  権藤さんは、優しく言い聞かせるように言った。   「そうだ、今度、殿村が気に入ってる君のグラタンを食べに行くよ」 「ありがとうございます。お待ちしています」  権藤さんは、前原刑事の元に小走りで行くと、前原刑事も俺に手を振ってくれた。    レブロンに戻るとマスターと君子さんは心配そうに俺を見た。 「研一。あまり気にするんじゃないぞ。世の中には色々な人がいる」 「…はい。そうですね。社会勉強ですね」 「そうよ、研ちゃん。和風グラタンが美味しいのは間違いないんだから」  いつも二人は俺に優しくしてくれる。  でも、俺のグラタンが美味しい、一週間に一度のご褒美だ、と言ってくれたのは、俺を手懐けてマスターと懇意の仲になる為だったんだと思うと、切ない。グラタンさんの言葉で、俺は料理人としての自覚が芽生えたのに…な。  次の木曜日にグラタンさんは来るんだろうか。魂胆はバレてるのに懲りもせずに、俺のグラタンを注文するのかな。  俺は、ディナータイムの仕込みに取り掛かった。

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