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新たな生活〈2〉

 エリ子さんの店から二十分もかからない場所に、柊二さんの自宅があった。いかにも高級感漂うマンションだ。その最上階にエレベーターが停まった。俺は周りをしげしげと見てしまう。幅の広い外廊下の一番奥で柊二さんは立ち止まった。 「ここだ。ほら入れ」  柊二さんは扉の鍵を開けた。   「…はい」 「これからお前はここで、俺の生活の世話をするんだ」  世話…って。俺は料理人だろ?要は住み込みのお手伝いさん的なことをするか?なんか騙された気分だ。 「柊二さん。カンジにはもう話してるんですか?」 「いや、まだだ。まさか、今日の今日にコイツが来るなん思ってもみなかったからな」 「まぁ、確かに。コイツ、女っぽい顔の割には妙に肝が座っているというか…今晩でも俺から連絡しておきましょうか?明日の朝、ここに来て急に言われるよりいいでしょう」 「…そうだな、頼むよ。ああ、それと頼みついでに、明日、店が始まる前まで、エリ子をコイツの買い物に付き合わせてやってくれないか?」 「そうですね…本当に身一つで来たんですからね。わかりました、エリ子にはすぐに連絡します」  俺は放置されていた。勝手に話しをどんどんと進めているヤクザたち。  柊二さんの家の中は生活感がない。匂いもない。チリや埃もない。本当にここで暮らしているんだろうか。  玄関からの廊下を曲がると、広いリビングがあって、その続きにあるキッチンはアイランド型だ。大きなダイニングテーブル、いかにも高級そうな革張りのソファー、部屋全体が白で統一されていてまるでショールームみたいだ。 「柊二さん、研一の寝場所はどうします?」 「向こうの部屋に以前俺が使ってたベッドがある。明日でもカンジに手伝わせて、そこに運んで部屋にすればいいだろう」 「その方が台所に近いし、いいかもしれませんね」  いい加減、俺も話しに加えてくれないかな。俺が今日来たせいでそんなにも段取りを狂わせたのか?警察の手を煩わすことなく街の治安を守るためにしたことなんだぞ。 「研一…」  やっと呼ばれた。 「トイレと風呂場は、リビングのそこの階段の下の扉の奥だ」  別にトイレがしたいわけでもないのに。オシッコを我慢しているように見えたんだろうか。 「はい、わかりました」 「階段の上は俺の部屋だ。掃除を頼む時以外は入るのは禁止だ。他は自由にしていい」  マンションだけど、二階があるんだ。柊二さんはその部屋だけで暮らしているのかもしれない。 「あの…キッチンを見てもいいですか?」 「ああ、好きにしろ」  俺は唖然とした。何にもない。調理器具や食器の一切がない。これでよく住み込みの料理人になれだなんて言えたもんだ。こっそり冷蔵庫を開けてみた。水とビールとグラスしか入ってない。  呆然としている俺を見た柊二さんは、必要な物は明日買うつもりだ、と言った。  明日一日で揃えられる訳はないだろう。柊二さんはバカなのか?若頭で社長だろ?唖然、呆然、愕然だ。 「研一、こっちに来い。明日ここにベッドをいれるから。今夜はそこのソファーで寝てくれ」  柊二さんはリビングの階段と反対側の壁沿いにある扉を開けて俺を呼んだ。そこは窓もないサービスルーム的な空間だ。俺はまたパントリーで暮らすのか。笑える。まぁレブロンよりは数倍広いし部屋としても問題はないが。新倉さんが言っていた台所が近いってこういうことか。  柊二さんは冷蔵庫から缶ビールと水のペットボトルを出して、テーブルに置いた。 「研一」 「…はい」 「明日、会社から雇用契約書を持って帰るから、それにサインしてくれ」  缶ビールを開けながら柊二さんは言った。   「…雇用契約をするんですか?」 「当然だ。俺の料理人になるんだから、お前にきちんと給料は支払う。その為に必要なんだ」 「そうなんですね。ありがとうございます」 「ああ?…お前は、俺の囲われ者にでもなるつもりだったのか?」 「いえまさか…そういうわけではないんですが。ただ、レブロンでは最初、住み込みの見習いからだったので、今回も同じようなものかな、と思ったもので」 「お前はもう大人だろうが…働けば、それなりの対価を受け取る権利はあるんだ。まぁ、俺の色になっても、それなりの手当ては支払ってやるが?」 「いえ、料理人として、契約させていただきます」 「それでいい。いいか、お前が誰に何を吹き込まれたのかは知らんが、俺はお前の腕を見込んで料理人として雇うんだ。ただそれだけのことだ。レブロンには顔は出さない。二言は無い」 「わかりました」  今は、柊二さんの言葉を信じる他はなさそうだ。マスターや君子さんが安全に楽しく洋食屋レブロンをやっていけるように、俺は願うだけだ。  新倉さんは、それじゃまた明日来ます、と言って帰って行った。明日はなんだか忙しそうだ。俺はソファーに横になった。

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