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新たな生活〈4〉

 エリ子さんは車で来てくれていた。まず銀行で口座を開設した。そしてスマホのショップに行った。エリ子さんが事前に来店予約をしていてくれたお陰でスムーズに購入ができた。 「さぁ、研ちゃん。柊二さんからのミッションは一応クリアしたし、今から私に付き合ってくれる?」 「はい。わかりました」  エリ子さんは車を走らせると大型の複合商業施設に行った。そしてその施設内のスポーツショップに俺を連れて行くと、スニーカー売り場に行った。 「研ちゃん。柊二さんの料理人就任祝いに、私から靴をプレゼントするから、好きなのを選んで」 「えっ…でも」 「いいからいいから、遠慮しないの」  俺はどうしたものか迷った。エリ子さんは小首を傾げて俺をじっと見た。 「研ちゃん…頼っていいのよ。とんでもない人に見染められちゃって、いきなり住み込みの料理人でしょう?新倉がね言ってたのよ、研一は頭のいい奴だ、って。だから余計なことは何も言わないだろうから、たまに気に掛けてやってくれってね」 「…そう、なんですか?」 「そうよ。新倉っていい男でしょう?」  エリ子さんと話していると心が温かくなる。俺は店員さんお薦めの黒色のスニーカーを買ってもらった。早速その場で履き替えた。今まで履いていたコックシューズはもうサヨナラしよう。  少し早いけど、お昼にしましょうか、と嬉しそうにエリ子さんは言った。どうやら行きたい店があるようだ。 「研ちゃんは並んだりするのは平気?」 「はい。逆にいつも並んでもらっていたから、文句は言いませんよ」 「そうか。人気の洋食屋さんだったのよね」  昨日までならこの時間は厨房で忙しくしていた。たった一日前のことなのに、もう、遥か遠くのことのように思う。そうだ…確かずっと前にも似たような感じがあったな…。  マスターと君子さんは今頃どうしているだろう。    エリ子さんが行きたかった店は、手打ちうどんの店だった。店の前には十人ほどが並んでいた。 「新倉はね、並ぶのは絶対に嫌な人なのよ。誰か一緒に行ってくれないかなってずっと思ってて」  エリ子さんの目はキラキラしてる。年下の俺がいうのもおこがましいが、可愛らしい人だ。昨夜とは別人のようだ。着物姿のエリ子さんは、そう… 「エリ子さん。失礼になるかもしれませんが、訊いていいですか」 「なあに?何かしら」 「あの、エリ子さんは、小股が切れ上がってる、って言われたことありますか?」  エリ子さんは俺の質問に一瞬目をパチパチして、噴き出した。 「何それ?研ちゃんって何歳なの?よくそんな言葉知ってるわね」  確か、君子さんにも同じようなことを言われたな。   「時代小説とかによく出てくるんですよね。何となくは想像できるんですけど、でも実際はどんな人のことをいうのかなって…昨夜の着物姿のエリ子さんを見た時に、あっ、と思って」 「そうねぇ…新倉が初めて先代に私を紹介した時に言われたかな。『小股の切れ上がったいい女じゃないか』ってね。でも十年以上も前のことよ」  エリ子さんは、ふふっ、と懐かしむように微笑んだ。    絶品の手打ちうどんを堪能した後は、ファストファッションの店で俺の衣料品を買った。全てエリ子さんチョイスだ。俺はこの色が似合うとか色々アドバイスをしてくれた。 「この次は、スーツとネクタイも揃えましょう。必要になる時もあるだろうしね」 「俺、ネクタイの結び方なんてわからないです」 「身近に毎日ネクタイしてる人がいるでしょう?教えてもらったら?」 「ああ…そうですね」    今いる施設内の家電量販店に行く前に、エリ子さんは、少し作戦タイムよ、と言ってカフェに入った。 「今日は調理家電より、とりあえず必要最低限の調理器具と食器を買いましょう」  エリ子さんはアイスティーを飲みながら買う物をメモし始めた。 「柊二さんの家のキッチンって、本当に何にも無いんですよ。コーヒーすら飲めないなんて信じられないですよ」 「そういえば、私も数回お邪魔したけど、その時は出前とかケータリングだったわね。男の一人暮らしってそんなものよ。まぁ、柊二さんは極端だけど」  俺は、まず本当に必要な物を考えた。 「あの、炊飯器とコーヒーメーカーは今日買いたいです」 「確かに、それは必要ね。それにしても柊二さんが自宅でご飯を食べるだなんて、健康志向に目覚めたのか、野崎先生に何か言われたのかしらね」  エリ子さんはクスッと笑った。 「野崎先生って、柊二さんのホームドクターですか?」 「柊二さんに限らず、皆んなの先生。ちょっと強面だけど頼りになる先生よ。いつも無理難題を聞いてもらってるわね」  ヤクザ御用達の闇医者なんだろうか。それに山東会の組員って何人いるんだろう?柊二さんのコンサル会社は合法的な会社なんだろうか?訊きたくても訊けないことが沢山ある。 「ねぇ、研ちゃん。今朝のカンジ君、やな奴だったわよね」  俺は思わずエリ子さんの顔を見た。 「カンジ君はね、新倉が連れてきた子なのよ。悪い子じゃ無いんだけど、ちょっと空気が読めないっていうか、それで組の人たちからは、いつも馬鹿にされててね。仕事も任せられないからって、柊二さんの身の回りのお世話をしていたのよ」  エリ子さんは、初めて『組』という言葉を使った。 「それで急に今までしていたことが変わることになったせいで不安で堪らないのかな…で、あんな態度なのよね…少しの間だけだと思うから目を瞑ってあげてほしいの」 「はい。たぶんカンジさんとはこれからそんなに接することはないと思いますし」 「研ちゃん、ありがとう」  カフェを出た後、コーヒーメーカーと炊飯器と調理器具と食器を購入し、マンション近くのエリ子さんお薦めスーパーで食材も買った。そしてマンションまで送ってもらい、部屋まで一緒に荷物を運んでくれた。 「エリ子さん。今日は色々ありがとうございました。これからお仕事なのに、すいません」 「ううん…楽しかったわよ。これかも、月に一度くらいは一緒にランチに行きましょう。柊二さんに言っといてよ。たまにはエリ子の我儘を聞いてって」  俺は、笑顔で応えた。  エリ子さんが帰った後、キッチンで買ったものを広げた。足りない物はまだまだ数多くあるけど、少しだけ生活感が出てきた。またエリ子さんと買い物に行きたいな。俺からは言えないことだけど。  明日の朝は、柊二さんに朝食とコーヒーを出すことができそうだ。白いコーヒーカップに俺好みの湯呑み、柊二さんは気に入ってくれるかな。

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