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嫉妬と男色〈2〉

 目を覚ますと、白い天井が目に入った、俺の部屋だ。 「柊二さん。研一、目を覚ましました」  新倉さんだ。 「新倉…先生を呼んでくれ」  新倉さんは、わかりました、と言って部屋から出た。俺はまだ頭がぼーっとしていた。柊二さんが俺の顔を覗き込むようにして見た。 「柊二さん…俺…」 「いいから、黙ってろ。直ぐに先生が来るから」  また、俺は目を閉じた。    しばらくすると、俺の部屋の扉をノックする音が聞こえた。目が覚めたって?と言いながら、高齢に近い男が俺の部屋に入って来た。その男は年齢にそぐわないがっしりとした体格で柊二さんたちと引けを取らない。手には黒い鞄を持っている。俺の様子をしばらく見ると、お前たちは出て行ってくれ、と柊二さんと新倉さんを部屋から追い出すと、扉をバタンと閉めた。 「まったく、大変な目に遭ったな…俺はこの辺りで医者をやってる野崎だ」  あっ…エリ子さんが言ってた、闇医者だ。いや、闇じゃないかもしれないけど。 「お前の怪我の状態を言う。まず、頭部裂傷、二十針程縫っている。右肩の亜脱臼。それももう戻している。左の肋骨のヒビ。これは日にち薬だ。最後に左足首の捻挫。これも湿布で治るだろう。とりあえずは明日まではベッドで安静にしていること。まぁ、全治一ヶ月ってとこだな」  野崎先生は、淡々と怪我の説明をしてくれた。   「あの…野崎先生が治療してくださったんですか」 「ああ、そうだ…柊二がお前を抱き抱えて俺の医院に飛び込んで来たんだ。まぁ、お前は意識はなかったからな」  野崎先生は、鞄からペンのような物を出して、ちょっと眩しいぞ、と言って、俺の瞳にライトを当てた。 「本当なら救急車を呼んだ方がいいんだが、何せアイツらは脛に傷を持つ身だからな…あの会社で救急車を呼ぶと間違いなく警察も来る。それで俺のところに連れて来たんだ。言っとくけど、俺は歴とした医者だからな」  先生の話しを聞いてヒヤリとした。警察が来たら俺も身元を調べられるところだった。    先生は、胸を診るぞ、と言って聴診器を胸に当てた。 「こんな暴力を受けたヤツを診ても警察に通報する義務は俺にはないんだが、お前はどう見てもカタギだしな、被害届を出したいと言うのなら手助けはする。それにもし、ここを出て行きたいと言うのなら今すぐにでも俺の医院に運んでやってもいい」  だから、柊二さんたちを部屋の外に出したのか。 「先生、ありがとうございます。でも、今回のことは俺にも非があるので何もしません。それにここを出るつもりもありません」 「本当にそれでいいんだな」 「はい」  野崎先生は、おおい、入ってもいいぞ、と声を上げた。柊二さんと新倉さんはすぐに部屋に入って来た。扉のすぐ傍で待っていたみたいだ。 「安心しろ。コイツはお前らを訴えないそうだ」  新倉さんは、大丈夫か?と心配そうに訊いた。 「研一、すまなかったな。俺がもっとちゃんとカンジに言い聞かせておくべきだった。エリ子にしこたま叱られたよ」  新倉さんの眉毛は、ハの字になっている。 「頭を打っているから、明日いっぱいはベッドで安静にしておくこと。まぁ、今のところは問題は無さそうだが、急変することもあるからな。特に今夜は様子をしっかりと見ておいてやれ。また明日昼過ぎにでも様子を見に来る」 「先生。本当にありがとうございました」  柊二さんは深々と頭を下げた。 「柊二。わかっていると思うが、相手はカタギだ。下手したら大怪我で済まなかったんだぞ」 「はい。わかってます」  野崎先生は柊二さんの肩を叩くと、部屋から出て行った。新倉さんは野崎先生の後を追って見送りに行った。   「柊二さん、今何時ですか?」 「六時過ぎだ」 「俺、まぁまぁの時間、気を失ってたんですね」 「まったくだ。死んだと思ったぞ」  俺はクスッと笑ったら、胸に激痛が走った。ヒビでもこんなに痛いんだ。俺は小さく溜め息を吐いた。  それからまた俺は、知らず知らずのうちに眠ってしまった。次に目を覚ました時、ベッドの傍に椅子に座った柊二さんがいた。 「目が覚めたか?気分はどうだ?頭痛とか吐き気とか…後何だ…手足が痺れてるとかはないか?俺の声聞こえるか?」  柊二さんは、たぶん野崎先生から言われていたことを、矢継ぎ早に俺に浴びせた。 「はい、大丈夫です。体はあちこち痛いですが、柊二さんの声もちゃんと聞こえますし、ハッキリと見えています」  柊二さんは、ホッとした様子で、そうか、と言った。 「あの、柊二さん一人で俺を見てくれてたんですか?」 「ああ、もう遅い時間だからな。新倉は帰ったよ」  もう、夜中なのか…。体が良くなったら壁に時計を掛けてもらおうかな。ああ、喉が渇いたな。柊二さんに言ってもいいかな。   「柊二さん…あの」 「なんだ?どうした?」 「いえ…その、喉が渇いてて」 「ああ、わかった。水を持ってきてやる」  水…そうだ…あの時、事務所で柊二さんに毒入りの水を飲めと言われて、コップを口に近づけると溢されたんだった。どうしてあんなことを…それに俺はまた死ぬことを考えてしまった。レブロンのマスターに助けられて、今度は柊二さんに阻まれた。  柊二さんはペットボトルの水を持って来てくれた。飲みやすいように、俺の上体をゆっくりと起こして、背中に丸めた掛け布団を宛てがってくれた。起こされただけで胸の辺りが痛む。柊二さんはペットボトルの蓋を開けて俺に手渡した。俺は両手で受け取った。ボトルをゆっくり傾けたつもりだったのに、一気に水が口の中に入って咽込んでしまった。咳をする度に激痛が体中を走る。それは今日一辛い痛みだった。涙目の俺を見て柊二さんは困った顔をしている。ようやく咳も和らぎ落ち着くと、柊二さんはペットボトルの水を飲んだ。俺はまだ飲みたかったのに、と思っていたら、柊二さんは俺の頬と顎に手のひらを添えて顔を近づけた。そして水の口移しをした。俺はビックリして目を見開いた。体は動かせなかった。痛みのせいもあるが、それ以上に緊張した。まさか…初めてだった。誰かの唇が俺の唇に触れるなんてことは。    自分の唾液が湧いているみたいにゆっくりと口の中に水が入ってくる。俺はゴクリと飲み込む。また、ゆっくりと水が入ってくる。口の中が潤っていく。何度か飲み込むと柊二さんは唇を離した。俺の顔を見ている。俺は目を合わせられない。 「どうする?まだ飲みたいか?」  俺は小さく頷いた。すると柊二さんの、フッ、という笑い声が聞こえた。まだ体が水を要求しているんだから仕方がない。それにこの家にはまだストローもないんだから…  その後、柊二さんは何度も水を口に含んでは俺に飲ませてくれた。そして、空のボトルを俺に見せて、首を傾げた。まだ飲むか、ってことだよな。さすがに体中、充分に潤った。 「ありがとうございました。もう、充分です」  柊二さんは、そうか、と言って背中の布団を外して、俺の体を支えながらゆっくりと寝かせてくれた。なんか優しい。  柊二さんはまた椅子に座って、俺とスマホを交互に見ている。俺にはもう眠気は一切訪れない。目を瞑っても柊二さんの動きが気になる。目を開けてチラッと見ると目が合ってしまう。柊二さんは何も言わない。  そうこうしていると生理現象が俺を襲う。当然のことだ。ペットボトル一本の水を飲んだんだからな。柊二さん、オシッコ、なんて言えない。でも痛くて起き上がれない。俺は柊二さんを見た。 「どうした?…小便か」 「…はい。すいません」 「何で謝る。当たり前のことだ」  柊二さんは、また俺をゆっくりと起こしてくれた。床に足が着くように体の向きを変えてくれた。右足で立ち上がろうしたが、よろけてしまい柊二さんが支えてくれた。 「面倒臭ぇな。ほら、俺の首に手を回せるか?」 「はい…」  柊二さんは軽々と俺を抱き上げた。そうか、こうやって野崎先生の所へ俺を連れて行ってくれたんだ。同じ男とは思えないくらい、柊二さんは頑丈そうだ。そして階段の下の扉まで行くと、扉のドアレバーを足を上げて動かし、扉を開けた。トイレのドアレバーも同じようにして開けると、便座の前に俺をゆっくりと立たせた。そしてあろうことか柊二さんは、じっとしてろ と言って、俺のズボンとパンツを下ろした。上の服を捲り上げて俺の腋下に手を突っ込んで座らせた。ああ…モロ見えだ。 「終わったら声かけろ」 「はい…」  唇に触れられて、下半身を見られて、恥ずかしいのか悲しいのか情けないのか、俺は自分の感情がよくわからなかった。大量のオシッコを出しながら思うことなのか?  とりあえず、スッキリした俺は、そっと声をかけた。終わったか、と柊二さんは言うと、さっきと逆の動きをして、俺をベッドまで運んでくれた。

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